2017年07月30日

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(13) ホトをめぐる秘儀と現代日本社会

ホトをめぐる秘儀と現代日本社会
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
神代の巫女 --- 2013年2月13日

 何はともあれ、耀姫様は、イスラム原理主義と同じような神道原理主義を唱えることは意図していないと宣言なさっている点だけ見ても、とりあえず現状では、安心して拝見していられる巫女神道の継承者ではあると思います。

 岩崎様がお持ちの、自然現象(地震、台風など)を察知できたり女性の身体現象を察知できたりする共感覚(対女性共感覚)についても、耀姫様の神道史観は参考になると思います。耀姫様も、合気道の達人でいらっしゃり、岩崎様と同じく男覡(おかんなぎ)と言える修験者の男衆の方々も間近で見ておられます。

 日本神話では(私たちの社家に伝わる神話でも)、「ホト(女陰)を箸で突いて死んだ」というパターンは定番ですが、耀姫様が巫女神道側からの見解をお示しになっています。ここは一つ、皇別巫女神道と神別巫女神道という区別を超えて、ホト(女陰、火陰、火戸、火門・・・)をめぐる伝説について考えてみたいです。

「日本神話で「ほと」を突いて死ぬ女が何人かいましたが、古代には本当にそんな死に方があったんですか?」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1095321700

 耀姫様のご回答

「高句麗でも大和の地でも、隧穴を豊穣を司る大地母神(現在の豊受大神)のホトに見立てて、これを隧神の男性のシンボルを象徴する箸(丸い木の棒)で突く神事が行われていました。ところが時代が下ってくると、しだいに現代の新嘗祭に近い豊穣祭の姿に移り変わって行ったため、「ホトを箸で突く」のが、翌年の多産(五穀豊穣)を祈願して行う神事だったことが、分からなくなっていってしまったらしいのです。昔の皇室神道は、巫女が託宣することを中心とした、女性継承の巫女神道でした。ところが、中国の影響で男性上位の発想が生まれた結果、男性が神前で神を敬う所作を行う祭祀が中心の神道へと変化していき、かろうじて斎宮制度は残ったものの、他の巫女達は祭祀の中心から排除されていったのです。その過程で、ホトを突く神事の意味も見失われていったと思われます。」

「ホト(女陰)を箸で突いて死んだ」というのは、「ホトに(今の食事で使うような)箸が刺さって死んだ」のではなく、「ホト(に見立てた隧穴など)を箸(丸い木の棒)で突く、穀母神を祀って豊穣を祈る儀式で死んだ(と創作した)」ということですね。多くの日本人が間違えているのを目にしますが。


吉備の斎の巫女 --- 2013年2月16日

 私たちの社家でも、ホト(女性器)に見立てた隧穴・洞穴を祀る東盟祭に似た神事を継承しています。これには大まかに二種類あり、一つは隧穴・洞穴をホトに見立てた神事、もう一つは私たちのそれ自体を使用する神事です。後者の秘儀については、内掌典はもうまったく執り行っていないと思います。

 私たちの社家に伝わるホトの秘儀には、色々なものがありますが、例えば「百襲比賣命(ももそひめ)」にまつわるものがあります。この女神は、吉備津神社、吉備津彦神社、岡山神社でも祀られていますが、香川県東かがわ市の水主神社にも同じ伝承があるようです。
 伝承内容としては、
「モモソヒメは、ホトの形が異様で、毛も大変長かったため、親神が恥じて、モモソヒメを木舟に乗せて海に流した。何度も浜や島に流れ着いては、ホトの異様さを恐れた村民たちに舟を押されて沖へ戻され、やっと辿り着いたのが水主村であり、やがて祭神として祀られた。」
 というものです。

 私たちの秘儀も、こういった伝承にまつわるものになっています。私は、木舟には乗りませんが、それを模した儀式です。
 カグツチ(火産霊)を踏んでホトにやけどを負ったイザナミの尿から生まれたとされるミヅハノメについても、その陰毛や頭髪とされるものを「神毛」として桶や箱に入れて納めている神社がありました。たいていは一本だけ入れるもので、弥都波能売神社には、今でもあるかもしれません。神意の荒ぶるときは何股にも毛が分かれて伸び、桶からはみ出るとされる一方、神意の穏やかなときは元の長さの一本に戻るとされ、ホト、陰毛、頭髪が呪術に用いられていたことがうかがい知れます。


岩崎純一 --- 2013年2月17日

 このような神話・伝承を、女性(巫女)たちがどのように伝承し、それらに男性たちがどのように関わってきたか、深い関心を持って見ています。
 耀姫様の神道史観に基づけば、多産豊穣祈願の祭祀で、斎の巫女の儀式そのものだった高句麗の東盟祭や日本の隧穴の祭祀を、当時の男性神官、後世の我々男性が、「ホトに箸が刺さって死んだ」ことにし(男性視点からの笑い話に作り替え)、そのまま神道の正統を母系の巫女神道から父系の皇室神道へと持って行った、ということになるかと思います。巫女神道のホト信仰や斎宮の雰囲気が、男性作者らの手によって、気がついてみれば今日の新嘗祭のようになったという流れかと思います。

 確かにそのような側面もあるかもしれませんが、唐の侵略のおそれへの対策として日本の神代を古く大きく見せるために『記紀』以降の史書を創作するに当たり、男系男子の皇室神道の正当性を標榜する記述と同時に、ホト・陰毛の信仰を中心とする女神の身体の崇め方を変える記述も行われたという点には、面白さや諧謔だけの男尊女卑の思想ではなく、かなりの致し方なさや深刻さを、私は感じます。
 現代の我々の目には、『記紀』におけるホト信仰の作り替えが男性視点からの女性蔑視の文学に思えるでしょうが、当時の男女の身体観念は、現代感覚からは程遠い(皆様が男覡であると見て下さる私からさえも程遠い)でしょうし、ホト信仰とホトの儀式をわざわざ国史に書くということには、男女双方にとってもっと深刻な面もあったかと推察します。

 もちろん、いくらご紹介したような共感覚、女性の身体への察知能力を私が持っているとはいえ、現代人男性の一人としての感覚からしますと、現代において『記紀』を深く語る際には、女性蔑視や巫女神道の軽視という意味ではなく、倫理道徳的な観点という意味で、どこかの時点でお笑いに持って行かなければ、かえって扱いにくい気がします。そもそも、皆様のようなホトの秘儀の光景には、よほど例外的な倫理観を持っていない限り、私に限らず、ほとんどの男性(というより、ほとんどの氏子・国民の男女)が耐えられないと思いますので。


つくりつくり姫 --- 2013年2月21日

 女性の生理現象・性行動との兼ね合いという意味では、内掌典のほうが相当厳しいご生活だと思いますし、私たちよりも「清」と「次」の区別が二元的で、西洋的思考がずいぶん入っていると思います。「まけ」については、厳然と「穢れ」であるとの意識がありますし、絶対に賢所に持ち込んではならないのです。「清」の手で「次」の乱れた裾を直そうものなら、もうアウトで、すぐにお着替えです。
 一方で、私たちの場合、磐座・神座に誤って少し持ち込んだところで、浄化可能という感覚も持ち合わせています。アニミズム感覚は、こちらのほうが保っていると感じています。私たちは、御饌から虫の糞までもが、すべてつながっていると考えますので。ただ、私たちの秘儀は、安易に一般の方々や海外に紹介できるようなものではないですし(紹介したくないというより、とくにキリスト教徒の方々から誤解されるおそれがあります)、紹介しやすいのは現在の天皇陛下・ご皇族の親しみやすさや宮中の現代的祭祀のほうであるのは確かだと思います。

 巫女の処女性・純潔性と、ホトや陰毛、尿にまつわる私たちの秘儀の中は、奉納の意識というよりは(これらを男神に捧げるのではなく)、それ自体が呪力を持ち、畏怖すべき神であるという意識が強いです。巫女自身が神懸りして神となるので、男性からの視線に押し負けて、史記のネタとして捧げるというような感覚は一度も持ったことがありません。


神代の巫女 --- 2013年2月23日

 ホト自体が神性を帯びるということですね。私たちの場合も、「まけ」を穢れとする風習はありますが、男性たちが汚いと言ったからそう思っているわけではないです。巫女舞や託宣の上で、必要な観念だと感じています。

 内掌典の近代的・西洋的な二元性は、先にお話に出ました高谷朝子様へのインタビュー番組のように、国民向けの神道の説明に基づく国民側からの誤解によって生まれたものとも言えるかもしれません。
 内掌典の秘儀そのものは、実際に自己催眠(転換性や憑依型の変性意識状態)をもはや起こせなくなっているとしても、多くの内掌典ご経験者の方々は、巫女神道の根底に流れる東アジアのシャーマニズムを理解していらっしゃると考えてよいと思います。


吉備の斎の巫女 --- 2013年2月25日

 ミヅハノメ伝説でも、ホトの毛一本を桶に入れるだけでなく、神が荒ぶると八岐大蛇のように分かれて伸びるというものですからね。もし男性視点で生み出された伝説であるなら、ホトに対する恐怖・畏怖を呼び起こす部分はカットされて、男衆たちが桶のホトの毛を見下ろして笑う、というような伝承が優先的に遺るはずです。

 私たちの家には、「七難の揃毛(そそげ)」という話と、それにまつわる秘事も伝わっていて、これも先ほどの百襲比賣命のホトの異形伝説とつながりがありそうなのですが、この伝承も、むしろ女神や巫女が長い毛を誇って見せたなど、自虐的な笑いの要素のほうが強い内容になっています。
 もちろん、天岩戸伝説なども、笑いの要素が強いですが、これも女神が自分から出てきて踊り、周囲が爆笑したという設定です。それに、その前に天の機織り女の一人の陰部に梭(ひ)が刺さって死んでしまいますが、これも、「刺さった」というよりは、天照大神とその機織り女たちのホトの儀式の最中に、スサノヲが邪魔をして女神たちの手元が狂ったという面があるのです。スサノヲが性的に荒々しくて機織り女を襲ったといったものではないですね。

 巫女神道のホトの儀式に対して、男神・男性が手を出せない、邪魔をすると地震・雷などの禍(まが)が起きて大変なことになるという認識、下手をするとヒトが火を噴くというような認識は、まだ『記紀』作者たちにもあったかと思います。いくら万葉仮名とは言っても、「火陰」、「火戸」、「火門」などの当て字はその畏怖の感情をよく表していると思います。


岩崎純一 --- 2013年2月17日

 私も、内掌典のご生活における「清」と「次」の厳然たる区別には、非神道的・非アニミズム的・非汎神論的な違和感を覚えてきましたし、高谷朝子様の神道観にも如実にそれを感じてきたのですが、皆様のご意見を伺って、かなり謎が解けたような気がします。

 最初は、マスコミなどの手によって内掌典などの巫女生活が詮索され、日本最後の秘伝生活のように取り上げられて、テレビなどで国民に紹介されるものの、今度はそれが災いして、いつのまにか宮中側の深層意識の中に「マスコミや国民や海外にも分かりやすく説明しやすい皇室神道」を模索する方針が芽生え、そういう神道を設計するようになり、結果的に、ここの皆様のような非皇室神道系の斎の巫女神道と違って西洋的・現代的性質を帯びるようになった、ということなのかもしれません。

 そう考えると、隧穴・洞穴を利用する東盟祭や日の巫女のご一族の祭祀にせよ、中山太郎が記録したような実際のホトを使用する祭祀にせよ、内掌典と皆様のような斎の巫女との間でホトをめぐる秘儀全般についての意識が異なってきている理由も、つかめてきたような気がします。
 あるいは、先にお書きになっている通り、内掌典が司る祭祀には、ホト自体を用いる秘儀自体が存在していないでしょうし、自らの身体に対する倫理観念は、むしろ一般の女子学生の巫女の方々に近いのかも知れないと思います。
 ホトを用いず、代わりにホトに見立てた凹み部分や窪地を用いるその他の祭祀についても、やはり祭祀の奉納の意識、巫女のホト・処女性を捧げるという意識が強いと思います。ホト自体もまたアニミズムの対象であり、ホト自体が神性を帯びるとする皆様の秘儀とは、相違が生じてきているのを実感します。

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(12) 天孫系巫女神道の秘儀・秘伝化および皇室神道や皇別・天神系巫女神道との別れ

天孫系巫女神道の秘儀・秘伝化および皇室神道や皇別・天神系巫女神道との別れ
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
神代の巫女 --- 2013年1月26日

 このご一族の言い分をすべて史実とすると、岩崎様のおっしゃるとおりになると思います。簡単に言いますと、神武天皇から今上陛下までの125代分の天皇のうち、初期の数名の天皇(この皇別のご一族、すなわち、多氏系息長氏が誕生したときまで)を除くすべての天皇が正当性を否定されるべきものであると、私たちには読めます。現皇統と血縁関係が見出せない神別系巫女神道家の私たちからすると、耀姫様ほかご一族のご見解はあまりにも驚かされるご見解です。

 一部だけ取り上げますが、一応、先ほどの耀姫様の記事から、私たちと共通認識と思われる内容を挙げてみます。耀姫様のご一族に遺る伝承は、かなり多くの学者の間でオカルト扱いされているようですが、耀姫様も、日ユ同祖論を否定して、古代オリエント・イスラエルの多神教の商人たちの中には日本に渡った人たちもいる、という程度の適切な説明をしているあたりは、『記紀』などよりもよほど史実に忠実だとは思いますので。
 ホツマツタヱ、カタカムナ文献に対しても真っ向から否定されており、実に心地よいご発言をされる方ではあります。
 それにしても、いつからイスラエルの部分がユダヤにすり替えられるようになったのか、不思議です。私の社家で言われているのも、多神教時代のイスラエルと日本神道との共通点のことです。

「巴紋と託宣の儀式から紐解く古代日本史。(卑弥呼と天照大神の実像)」(耀姫の日記)
http://d.hatena.ne.jp/mayumi_charron/20100218/1266474872

「私達の一族はというと、姫姓を持つ母系の継承を行う、秦氏を束ねる太陽の巫女の家柄ですから、新政府の教部省といえども、手を触れることなど出来はしませんでした。日巫王(天照大神)の血筋とされる巫女集団に対して、身分を知っていながら下手なことを口にすれば、不敬罪を理由にその場で首を斬り落とされかねない時代です。私達の一族は、平安京建設の頃からの史料を見れば明らかなように、一族の長として表向きは男子を立てますが、長の地位の男系の継承を認めず、朝廷や重臣達を経済的に後ろから援助しても、権力中枢からは一定の距離を置いて、くだらない政権争いなどに巻き込まれないようにしながら、代々古い文化を伝承してきました。ヤマト王権が成立した時代の、日の巫女の一族と皇室の関係は、江戸時代で言えば、皇室と将軍の関係みたいなものだったようです。」

 この論は、私たちの家系と似た経緯を辿っていますし、的確な指摘と思います。

「それ以前の問題として、古い時代から皇室は仏教徒化して古い伝統を失っていったので、日の巫女の一族から、かなり低い評価を受けていたようです。」

 皇室の仏教徒化がそのまま皇室神道の衰退と同義となるとは限りませんが、耀姫様としては、仏教色に染まる皇室と巫女神道との決別がかなり早期に始まったとのご見解をお持ちのようです。

「日本書紀では、天皇の威信に傷が付かないように配慮されていますが、古事記には起こった出来事がそのまま載せられているケースもあるようです。」

 この一文も、母系巫女社会ではよくある見方ですので、不自然ではないです。このあとの部分は、岩崎様がおっしゃったとおりです。

「今では、一般の神社の神事で見られる巫女舞は、奉納を目的とした舞がほとんどです。託宣の舞の旋回の動きを知る人は減ってしまっています。」

 このような、巫女神道の現状についての懸念はそのとおりで、私たちのこれまでの議論と重なるかと思います。

「じつは、私達の一族の代々の日の巫女のなかには、中国側の文献では卑弥呼(日巫王 ピミヲ)と呼ばれた、古代の日本を代表するような有名人が含まれています。日本書紀の編纂者達は、過去に、中国の王室から臣下に近い扱いを受けていたとされる卑弥呼が、当時伝承されていた神話に登場する天照大神(女神)であることは、ほぼ間違いないと認識していたものの、中国王室と対等な外交関係を築くためには、日本の歴史を中国と同じぐらい古く見せかける必要があると考えたようです。そこで創作したのが、紀元前600年頃を想定した神代の時代の神話に登場する天照大神だったようです。万が一にも、天照大神と卑弥呼が同一の存在と看破されたとしても、天照大神よりも古い神々がいるかのように神話を組み立てたりと、あらゆる逃げの工夫を凝らしているように見えます。また、中国王室と日本の皇室が対等な外交をするうえで、皇室の祖先が中国の王室に対して臣下の礼を取っていた歴史があるという認識を、中国王室側に持たれては困ると考えていたようです。そこで、鬼道を用いて人心を惑わしたとか、魏の王室から鏡を贈られたり軍事援助も受けていたとされる、卑弥呼に言及することを、日本書紀のなかでは徹底して避けて、そんな人物は知らないかのような態度を取っています。その代わりに神功皇后という架空の人物を創作して、妊娠しているにもかかわらず朝鮮半島に出兵したといった、四世紀後半〜五世紀初の出来事を、邪馬台国の時代に百年ほど時間をずらして、不自然な事績を創作していったようです。同様の発想で、中国王朝に臣下の礼を取った倭の五王についても、記紀はこれを天皇とは認めない姿勢を貫いているようです。また、日本の天皇の歴史を中国と同じぐらい古く見せるために、卑弥呼と敵対する狗奴国の男王スサノオの間に起こった出来事を、神話の時代に高句麗国から伝わってきた太陽神の神話と絡めて、紀元前の日本に神代の時代があったかのような神話を創作していったようです。」

 このあたりも、細かな点を見れば疑問はありますが、論調としてはおかしくはないと感じます。

「卑弥呼と台与が合祀された亀山古墳に、天照大神を極秘裏に祭ることを余儀なくされた原因のひとつは、伊勢神宮の時の斎宮と持統天皇が、皇位継承者を巡る争いで、深刻な対立状態に陥ったことが原因だったようです。創建されたばかりの伊勢神宮内宮の、斎宮制度の正式立ち上げに失敗して、天照大神をまともに祭祀出来ない状況に陥ったらしいのです。」

 このあたりは、岩崎様やつくりつくり姫さんの和歌関連の視点(斎宮歌壇の成立と消滅)とも重なりますね。

「以上の観察から、私耀姫の視点から見ると、卑弥呼と神功皇后と天照大神(の女神部分)は、同一人物ということになるのです。今は存在しない、古い時代の高句麗語と高句麗道教の世界独特の概念や漢字用法を詳しく知る人物でなければ、謎解き出来ないように巧みに偽装されている意図は明らかでしょう。」
「故老からの伝承(代々伝わるお爺さんお婆さんの昔話)によると、現在の天皇家を作ったのは蘇我氏で、その経済支援団体が秦氏で、一族の長の男子の世襲を認めない、古い体質を持っていた秦氏を精神的に束ねていたのが、斎女の一族だったようです。明治になって、白川伯王家が宮中から追放されて(断絶というのは対外向けのお話で、今もあの家は残ってますよね)私達の一族は、皇室と宗教上の接点を失くしたらしいので、今では身内以外にほとんど知る人がいなくなった昔話を交えて書いてみました。」

 このあたりは、日の巫女の一族側の説という感じもありますが、この前の岩崎様の言語学的視点からのご説明を聞いて、あながち軽視できなくなってきたのも確かです。やはり、明治新政府による巫女神道の断罪(巫女禁断令など)や白川伯王家の追放(天皇と、天照大神の神託を司る女系社家=日の巫女の斎皇家?の分断)の影響を少しでも受けた私たちとしては、興味深いものではあります。


つくりつくり姫 --- 2013年1月28日

 下記の有木巨智麿氏も、耀姫様とそのご一族の伝承について、やや誇張をお感じになりつつも、古代吉備王国発祥のヒントは見出しておられるようです。
 吉備津神社の神主は、代々吉備津彦命の子孫が世襲していたものの、途絶えたので、有木氏が世襲するようになっています。ちなみに私は、有木神社にもよく参りました。

「173の鏡に映る神と宇宙」有木巨智麿
http://catbirdtt.web.fc2.com/zikosyoukai.html

 耀姫様は、「耀姫」、「天照耀姫(あまてるあかるひめ)」、「日の巫女の王」、「皇祖神日巫王」など色々と名乗っていらっしゃり、また、一族についても、「日の巫女の一族」、「秦氏を束ねる太陽の巫女の家柄」、「多氏」、「多氏大王家」、「息長氏」、「息長斎皇家」などさまざまに名乗っていらっしゃいますが、かなり精査は必要だと思います。

 例えば、耀姫様の視点では、仏教色や儒教色に染まった吉田神道よりも、伯家神道を評価する神道史観は出てくるでしょうけれど、そう評価すればするほど、白川伯王家は神仏習合血統である皇統の、花山天皇の子孫の男王家系にすぎないことが目立つわけです。私たち神別氏族系の巫女神道から見ると、やはり皇別氏族系の巫女神道は、皇室神道と蜜月であるどころか、当時の息長氏始祖は皇族であり、一族は真人(まひと)であり、現在まで広義の皇室神道の一角であることに変わりはないわけです。
 白川伯王家は、すでに近世期に吉田神道家の陰に隠れていて、とどめとして近代に宮中から追放されましたが、皇室に対して伯王家よりも(アカルヒメの託宣によって、耀姫様の文体並みに圧倒的に強い口調で)物が言えるはずのこの一族が、中継ぎ役だった白川伯王家の追放のあおりを受けて皇室との縁が切れる、という弱々しすぎる結末となっています。

 この点などは逆に、実はもっと早くから皇室と皇別氏族系の巫女神道との縁はなかったと見たほうがよいという立場もあり得ると思います。少なくとも『新撰姓氏録』で分けて記録されている皇別、神別、諸蕃を、全部ひとまとめに扱っていらっしゃるところがあり、そのあたりの整合性についての言及がないといった点は見受けられるようです。
 つまり、耀姫様が継承されている皇別の巫女神道が、私たちの神別の巫女神道に近いものなのか、皇室神道に近いものなのか、まだよく判別できていません。

 それでも、耀姫様の力強い、剛胆とも感じられる巫女神道の解釈は、当代の『記紀』作者が見れば焦ってしまうような、歴史の神髄を突いているところはあると思います。


岩崎純一 --- 2013年2月2日

 耀姫様が多氏系列の子孫である(とされる)息長氏の斎の巫女でいらっしゃるとの伝承は、それはそれで正確であると仮定しても、そもそもつくりつくり姫様のおっしゃる通り、極めて古い原理的な渡来系巫女神道の観点から見れば見るほど、日の巫女の家系とて皇統(皇別氏族)の一派であることが目立つという点は、私にとっても興味深いのです。
 そうかと言って、天照大神よりも前の神代七代や造化の三神の時代に遡っていくと、今度は当然、皇別系巫女神道の伝承(耀姫様がお書きになっているような伝承)がパタリと姿を消す一方、皆様のような神別系巫女神道の伝承が残り、こちらのほうが日本列島土着のアニミズムと直結している可能性が見えてくるわけです。

 こうしてみると、皇別系巫女神道が、太陽信仰を中心とする渡来系のものであること(無論、大陸に渡ったあと里帰りした縄文系の人々の巫女神道である可能性はある)、現皇統や天照大神、『記紀』そのものが、本当に人工的に設定・創造されて生まれたものであることが、よく分かります。

 それにしても、耀姫様ほか日の巫女の一族のご主張によれば、天皇でさえ、日の巫女の一族に頭を下げるほかなかった(現在でも頭を下げるほかない)わけです。雄略天皇の時代から、あまりにも天皇が無礼であるから日の巫女の先祖が首を切ってやろうかと思ったらしいなどと公表なさっているわけです。
 それならば、なぜその混乱期に、ここの皆様のような神別氏族の斎の巫女たちの先祖が、自分たちよりも圧倒的に身分が高い日の巫女の一族にひれ伏し、その天皇観に追従し、現皇統の欺瞞性に怒らなかったのか。そこまでの無礼者血統、誤った男系男子家系、巫女神道破壊者であるはずの現皇統に対し、反旗を翻さなかったのか。あるいは、皇統も皇別神道も見限って、神別氏族から新しい巫女皇統・巫女王統を出さなかったか、ひいては、神別氏族の男性神官たちが別の『記紀』を捏造して別の皇統・王統を建てることを考えなかったかという原理的な問題が残るのです。『新撰姓氏録』以前から、皇別、神別の意識は存在したようですからね。

 つまり、ここの皆様の斎の巫女の家系は、どうして皇統や斎王・斎皇(天照大神、神功皇后、卑弥呼・・・)自体になれなかったのか、その秘密を日の巫女の一族が握っているのではないか、明確に言うならば、現皇統は日の巫女のご一族が非難するほど無礼者の血筋ではないのではないか、実は日の巫女の一族は、巫女神道の伝承者というよりも、それ自体が誰も逆らうことのできない時の政治権力者であったのではないか、という壮大なテーマです。
 注目点は、天照大神を降ろして天皇に都合の悪い託宣(天皇の死や病)ばかりを告げ、最後は天皇・宮中自身をして天照大神を追放させるに至らしめた、そんな最も畏怖された日の巫女の一族とて、広義には皇族の内部の人間であり、実は『記紀』の外に飛び出る(天皇に楯突く)ことは不可能であるのだから、ここの皆様の神別氏族の巫女神道が単独行動で天皇に楯突くチャンスであったのに、楯突いていない、という点です。ということは、日の巫女の王家は、神別氏族系巫女神道を、巫女神道上の問題とは無関係に、政治的に押さえつけていたと見るのが妥当だと考えられます。
 しまいには、神別天神氏族の最高権威の藤原氏が、天皇と外戚関係を結んで、れっきとした巫女神道(斎宮)の凋落と現皇統の安定がもたらされるわけです。

 ただし、息長氏が長期に渡って播磨・吉備を本拠とした豪族だったことは、私も間違いないと思います。
 いずれにせよ、スサノヲが本来の初代天皇であるといった、耀姫様(日の巫女の一族)の巫女神道史観の全ての内容を肯定した場合、現皇統はほとんど初期から血統が間違っていたことにならざるを得ませんが、真偽のほどは別にして、私個人の考察や神道史観にとっても興味深い影響を与えていることは確かです。
 耀姫様に受け継がれている伝承が、どこかでご先祖・古老の虚構や脚色を挟んだものであったとしても、それはそれで、「現代は、皇室神道や神社神道の精神(もはや精神ではない)と巫女神道の精神が相容れない時代であると私は考える。ただしそれは、天皇陛下個人や皇室への私個人の崇敬の念とは無関係の、神道精神上の見解である」という私の思いを、部分的には代弁して下さってはいるからです。

 そのほかに興味深い点は、耀姫様は、斎宮制度によって男王を補助するような比売許曽(ヒメコソ)の巫女集団が、アマテラスとスサノヲの時代から実在していて、アカルヒメこと真の斎宮がその天照大神のモデルとなったものの、スサノヲを超えて殊更に上位として扱われる立場ではなかったとしている点です。
 また、過去の信仰実績が確認できない、『記紀』神話の女神天照は、侵略してくるおそれのある唐に対して大和朝廷の歴史を古く大きく見せかけようとして創作された神代の女神である、との認識、すなわち、藤原不比等らが権力を持った当時の朝廷が、日本人を騙して嘘の神道で精神支配しようとしたのではないとする点も、私と同じ神道史観です。
 中華思想の大国である唐を模範としつつ、それに対抗して別の律令制と国防体制を敷こうとする日本における、このような古代の一大宗教改革について、当時の日の巫女と、それに賛同する秦氏などの氏子が容認したという展開は、十分に考えられるところです。

 耀姫様の、「卑弥呼と神功皇后と天照大神(の女神部分)は、同一人物」であり、現在においてそれは「私」であるとする見解も、ある意味で、数奇な運命を辿ってきた皇別系巫女神道が生み出した、究極の神託なのかもしれません。


吉備の斎の巫女 --- 2013年2月3日

 それはおっしゃるとおりで、神別氏族(天孫・地祇の血が濃い)の私たちの社家が、『記紀』やのちの『新撰姓氏録』に対抗して、ゼロから皇統を立ち上げるという可能性も、理論上はあったはずです。

 そうならなかった原因として、注意点すべき点は、同じ「天孫」でも、『記紀』の天孫降臨・天孫族における「天孫」から、『新撰姓氏録』の天孫氏族における「天孫」まで、かなりの格下げが見られる点です。神武皇統も、広義の天孫の一系統ですが、皇別氏族はもちろん独立した特別扱いですし、天照大神直系の天孫が、天孫降臨時の付き添いの神々の子孫よりも下位に置かれます。
 もちろん、これは藤原氏の策略でもあったはずです。藤原氏の祖先は、神功皇后の審神者(さにわ)であり、息長斎皇家(日の巫女の王)に仕え、その天照大神の神託を天皇に伝える立場であったため、皇別系の巫女神道にはひれ伏していたようですが、天孫氏族に対しては強い態度に出るようになり、今度は天皇・皇別氏族・日の巫女の一族側に立って、天孫系の巫女神道の排除に取りかかったのだと思います。
 藤原氏一族は一時期、心の中で「自分たちは、天皇も、日の巫女の王も超えた」と何度も思ったと思います。
 おそらく、私たちの社家の祖先は、皇統、そして皇別氏族に楯突こうとしたとしても、藤原氏を中心とする天神氏族の台頭と、それらの皇統との蜜月関係の発展により、神別系の巫女神道としての統一的な斎の王統・斎宮の整備などが間に合わなかったと考えられます。

 ところが、私たちも、その藤原氏の血を引くとされているのです。平安時代や室町時代にも、また『記紀』時代と同じようなことが起きて、私たち神別天孫系かつ藤原氏の末端の分家の巫女神道が、耀姫様のような皇別直系の巫女神道からだけでなく、天神系や天孫系本流の巫女神道からも離れていったと考えられます。
 そして、最終的には、これまでにも触れましたように、国家神道の成立と伯家神道の没落によって、私たちは皇室神道や皇別系の巫女神道とほぼ全ての縁を切られてしまい、そのうちに心地よい諦めがつくようになり、巫女舞や神託をとことん秘儀・秘伝化した現在の形になったと考えています。

 以上がすべて正しいとしますと、今、私たちのような天孫・地祇系の巫女神道には、三系統以上の上位の巫女神道が存在することになります(現皇統・宮中三殿の内掌典の系統、皇別系の日の巫女の斎王=斎皇の系統、藤原氏本流の天神系巫女神道)。あるいは、もっと多く存在するでしょうね。


岩崎純一 --- 2013年2月6日

 ここの皆様の視点をお借りしますと、そういった皇別氏族系(多氏・息長氏)の日の巫女の家その他の社家は、なおさら現皇統(巫女神道色が薄れつつあった皇室神道)に近いお立場だったということがよく分かります。さらにそこに、天神氏族藤原氏の台頭が影響し、皇室神道と皇別系の巫女神道に天神氏族系の巫女神道が加わった三つ巴の神道勢力が出来上がり、天孫・地祇氏族系の巫女神道が大和朝廷以外の地に残っていったという構図なのでしょう。

 そうなると、今現在は巫女神道色(強いて言えば、天照大神を初めとする八百万の神々)を捨てている皇室神道や多くの皇別氏族系神道や神別天神系の神道から最も遠い道を歩んでいる巫女神道は、皆様のような神別天孫・地祇系の巫女神道ではないかとさえ思えますが、それも、『記紀』の時代だけではなく、それ以降の時代にも行われてきた体制側からの巫女神道の追放策の影響であり、一筋縄ではいかないとなると、私などはもう気が遠くなります。

 これからの時代に必要なのは、男系男子を中心とする現皇室や皇別系・天神系の神社神道、女系女子が一族の実験を握る皇別系巫女神道(ほぼ日の巫女の王の一族のこと)は、それはそれで残った上で、一方でそれらの中から、女系女子が担ってきた非政治的な祭祀・神事を基本とする巫女神道色を取り出し、ここの皆様のような天孫・地祇系の巫女神道と共にその色彩を遺していくことだと、私は考えます。
 それも、神職男性が神前で祝詞を唱え一定の所作を行う祭祀を中心とする神道の中にある巫女文化としてではなく、神楽を舞う巫女の身体それ自体が八百万の神々と一体化するアニミズム精神が無言のドグマであるような巫女文化として遺ることが望ましいと、私は思います。

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(11) 日の巫女の王の伝承と日本最古の皇別系巫女神道

日の巫女の王の伝承と日本最古の皇別系巫女神道
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
神代の巫女 --- 2012年12月21日

 逆に、オカルト日本史と思われそうで、実は『記紀』よりも史実に近いと思われる伝承が、播磨・吉備地域のいくつかの社家に残っています。
 総社の秦(『隋書』に出てくる秦王国の有力候補地)や阿曾や、県内の神代(こうじろ)の出身の、またはそれらの土地にゆかりのある社家には、神武天皇以来の現在の皇統が意図的に作られる以前、つまり、『記紀』の創作、天照大神や神功皇后の創作より以前の神話(『記紀』作者たちが、唐に対抗するため、あえて覆い隠したと思われる史実)と、それに基づく神事が伝承されています。

 その中でも、この前にもお話に出ましたが、耀姫様の日の巫女のご家系は、私たちと同様、女系世襲のお家であり、現在は六甲山の麓に居を構えていらっしゃいます。ただし、注意すべきなのは、そのお家は、私たちのような、最初から現皇統と血縁関係を持たない神別(天神・天孫・地祇)系の巫女神道ではなく、あくまでも皇別氏族・皇室神道系の巫女神道のお家であり、そして驚くべきことに、真人(まひと)である息長氏の一族であり、忌み家として存続してきた皇祖母神のお家とされる点です。
 つまり、いくら皇室神道が巫女神道色を失っているとは言っても、元から皇統とほぼ無関係な私たちの巫女神道と異なり、耀姫様の一族は皇室神道に近いのです。当然お立場上も、私たちどころではなく高貴で、「斎王(斎宮、斎院)」ならぬ「斎皇」という呼称もお使いになっているほどです。そして、私たちが伝承する祭祀・秘儀よりも、耀姫様の社家のそれらのほうが、格式上も舞の型の上でも、皇室神道の斎の巫女のものに近いです。代々の「斎皇」は、皇室神道の斎の巫女であるということです。
 伊勢や賀茂のほうの斎王制度がかなり早く廃れた理由としては、武家政権の登場により、天皇が祭祀を担うだけの非政治的存在となり、天皇と斎王の役割が重複するようになったため、という説も学界では見られますが。

 従って、日の巫女の王の一族が天照大神や神功皇后の創作より以前の神話・神事を伝承しているとは言っても、それは太陽信仰を中心とする渡来系のもの(耀姫様によれば、高句麗道教系統のもの)で、おそらく造化の三神や神代七代の伝承は、内容の真偽のほどはともかく、どちらかというと私たち神別系巫女神道のほうによく遺されていることになると思います。
 つまり、耀姫様のご一族は、「日本神道の家」としては最古かつ最高位かと思われますが、「アニミズムの精神を持った日本列島の人々」の中では、有史以前から土着していた人々よりは新しいお家ということになります。

「神代」は、吉備地方や私たちの社家では「こうじろ」と読み、「神社(こうこそ・かむこそ)」と読む人もいますが、これらの言葉の起源はとても古く、西日本には、現在の神社(じんじゃ)それ自体の原型であるとされる「姫社(ひめこそ)」が点在しています。現存する総社市福谷の姫社神社に行けばわかりますが、祭神は「阿加流比売神・天照赤留日女尊・明かる姫(あかるひめ)」=「照日女(てらしひめ)、輝夜姫・かぐや姫(かぐやひめ)」です。この姫が天照大神のルーツとも言われています。
 この「あかる姫」(あるいは当時、単に「姫」)を降ろす巫女を有する家があり、そのお一人が先ほどの耀姫様とされます。

 ただし、ご当人も、その一族が中央集権国家大和朝廷を支える一氏族だったとしながらも、その最大の根拠が未だなお「一族の故老の伝承」であるという点はしっかり述べておられ、検証が待たれるところです。前にも書きましたが、一族は、長い歴史の中で分派と再統合を繰り返しているようで、各家・各古老の方々ごとに伝承にもずれがあるようですし、耀姫様の神道観に対しても、どこまでが嘘でどこまでが本当か、色々な意見があるようです。
 それでも、これらは、神武天皇の東征神話に比べて、格段に物証のある話で、私たちの社家も注目しています。

 日の巫女のご一族(皇室神道系)もそうおっしゃっていますが、私たちの社家(天神・天孫・地祇氏族系)でも、大体以下のように「太陽と人間の結婚」を伝承しています。
 昔、アジア大陸の東にあった国のある池で、人間の女性が水浴びをして遊んでいたところ、太陽の光が水鏡に反射してホト(女陰)を照らした。すると、女性は孕んで赤い玉を産んだ。その玉は成長して阿加流比売となった。姫は、やがて天日矛(あまのひほこ)という太陽の神に見初められて、妻となった。
 このような伝承です。

 天日矛(天日槍)は武器の神で、耀姫様のご一族では鉄の神剣を振る剣舞が神事の中で最も重視されているようです。神道の家柄ながら、ご親戚には刀鍛冶の家もあるとのことです。耀姫様の神剣は近年作られた分霊品で、普段持ち歩けるように金銀の装飾を施して七宝焼き仕上げにした美術品の体裁を取っているようです。
 以下の点は、私たちの神事と似たようなものです。

○ 古式に則って、甘南備山(神名火山)の山頂の磐座の上に祭って雷雲を招来する神事を行って、落雷によって生じた電流を用いて磁気を帯びさせている。
○ 敏感な人は、振ると磁気刺激を受けて脳が反応して簡単に催眠状態になれるので、神事の進行上重要な実用的アイテムになっている。


吉備の斎の巫女 --- 2012年12月23日

 耀姫様は、ネット上で最も厳しく『記紀』以前の巫女神道を説いている斎の巫女ですから、学術界、市民運動家からもバッシングがかなりあるようですし、耀姫様の主張も検証が必要な部分があるにはありますが、古代の皇別巫女神道の継承の仕方としては極めて貴重なのです。卑弥呼の鬼道と高句麗道教との深い関連性から、日の巫女の一族は、一度大陸に渡ったあとに太陽信仰を帯びて里帰りした縄文系の一族という説も唱えていらっしゃいます。
 明治天皇を頂点に据えて神道国教化や国家神道の建設をもくろんでは迷走してきた新政府が、吉備地方の伝承にうっかり手を出せず、私たちの先祖である斎の巫女たちに巫女禁断令をうまく適用できなかったり、事実上神懸りの神事を黙認するなどしたのは、斎王のいない伊勢がもはや行っていない、天照大神の神託を授かる祭祀を残すこういう社家が吉備・播磨地方に残っていた事情もあったからでしょう。

 ちなみに、かの桃太郎伝説は、天日矛一族の東進神話を下地にして神武東征神話が作られ、それらを下地にして子供向けの御伽噺として作られたもの、というのが、私の地域での伝承です。
 以下のような耀姫様のご体験は、私の幼少期の神降ろし体験にも近いですし、前の電磁気のお話ともつながると思います。

「7歳の頃総社の姫社神社を訪れて、あまりにも心地良い場所だったので、自然に体が動いて、拝殿で剣舞を奉納したことを思い出しました。なぜ心地良かったのか、今日活断層の分布を調べて納得しました。中国地方の数少ない活断層のひとつ、畑ケ鳴断層の南西端に位置する場所に建っていますね。土地が帯びている環境磁気を測定すれば、おそらく脳に良い結果が出てくると思います。」

「日本神話の中に登場する 耀姫(あかるひめ)」(耀姫の日記)
http://d.hatena.ne.jp/mayumi_charron/20100122/1264163279


つくりつくり姫 --- 2013年1月12日

 耀姫様の家系の、姫社をめぐる古老の伝承は、今一度検証されるべきものでしょうね。近世の国学者たちが神道の本質を見誤ったことが、明治政府の巫女禁断令につながったといったご主張はその通りだと思うのですが、その遠因が神仏習合にあるというようなご説明は、やや私の認識とは違いがあるようです。
 それでも、『記紀』の創作性がどこから来たかとか、現在の皇統は勝利勢力の一部に過ぎない点の説明は、論理的だとお見受けします。

「台与亡き後の混乱期に、九州の日向あたりに住んでいた人々を中心に、再び新天地を求める動きが起こり、これと結びついた旧邪馬台国の一分の人々が東進を開始したようです。当時、東の地には銅鐸文化圏があったため、戦闘の最前線となっただろう吉備の地に、鬼ノ城を築いていったようです。吉備と言えば、作られたときには日本最大級だった前方後円墳を生み出した、強大な力を持った豪族が支配した土地です。その発祥の地は姫社神社とされています。そこに祀られているのが耀姫です。他の地域の神社のように、後世になって記紀が創作した神功皇后に名前を塗り替えられることなく、古い時代の祀神の名がそのまま今に残されている貴重な神社のようです。日矛耀姫ペアを信仰する集団が発端となって栄えたのが、吉備王国だった可能性がうかがえます。」

「巴紋と託宣の儀式から紐解く古代日本史。(卑弥呼と天照大神の実像)」(耀姫の日記)
http://d.hatena.ne.jp/mayumi_charron/20100218/1266474872

 岩崎様の共感覚論との関連で言えば、自分たち巫女の神懸りが、自己催眠の技術であって、統合失調症などではないとしている点で、整合性があり、適切だと思います。


神代の巫女 --- 2013年1月13日

 姫社神社(祭神はアカルヒメ=阿加流比売、天日矛の妻)には、誇らしく「古代吉備国発祥の地」の看板がありました。


岩崎純一 --- 2013年1月17日

 姫社神社に行かれたのですね。

 神仏習合についても、実際は色々ありますからね。仏教勢力が神社を乗っ取って神宮寺を建立したケースもあれば、一部の門跡などは皇族が寺を乗っ取って居座っています。
 本地垂迹も、いざ神仏の組み合わせ作業をやり始めたら、段々と神仏のパズル遊びのように思えてきますし、言い方は悪いですが、適当に当てはめたとしか思えない本地垂迹の流派もあります。

 結局、どっちもどっちだと思いますが、庶民レベルでの神仏習合は、そういうものではなくて、現在までほとんど宗教的ドグマもなく、神道と仏教とキリスト教の違いもよく分かっていない、「何となく何でもやっている」感覚でしょう。
 そうは言っても私は、前近代の神仏習合のほうに深い感銘を受けますし、昨今の烏合の衆のような、初詣、神社参拝、クリスマス、ハロウィーンの騒ぎには興醒めしており、これらを「神仏習合」や「宗教の融合」や「和の精神」と呼びたくはないと思っています。


吉備の斎の巫女 --- 2013年1月21日

 耀姫様は、当の天皇・皇族勢力は、仏教徒化と神道の伝統の喪失が原因で、耀姫様の家系(日の巫女の一族)から低い評価を受けるに至ったとしていますが、これですとあまりに古い伝承で、検証が難しいものではあります。それはそれで、興味深いのですが。

 耀姫様は、

「天皇は神子と呼ばれたことがなく、日の巫女の王(後の斎王)より位が下とされた時代もありました(これは卑弥呼の例を見ても明らかでしょう)」、

「桓武天皇が日本書紀31巻を焼き捨て、他の箇所も書きかえるよう命じたのはなぜですか?」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1296395282

「憲法上の象徴天皇ではあっても、残念ながら天照大神の精神を受け継ぐ神道上の正式な天皇と言えるかどうか、微妙な立ち位置ではないかと思います」、

「天皇が神の子孫というのは、史実ですが、なぜ最近は神の力を使わないのでしょうか?」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1095475335

「明治天皇までは行われてきた、天皇が天照大神と心身一体になる儀式を、大正天皇からは行っていないので、私達から見れば、残念ながら正式な本物の天皇と考えることは出来ません。もちろんこれは、日本国憲法上の象徴天皇であることを認めないという意味ではありません。憲法上と宗教上は考え方が違ってきます。」、

「巴紋と託宣の儀式から紐解く古代日本史。(卑弥呼と天照大神の実像)」(耀姫の日記)
http://d.hatena.ne.jp/mayumi_charron/20100218/1266474872

と、驚くべき言葉で喝破なさっていますが、たとえ私たち巫女神道の立場(神々を降ろす巫女舞を舞うことのできる立場)からはそうだとしても、日の巫女の王の一族にしかできない発言で、私たちの一族がそのような立場になったことはなかったと思われます。

 ただし、以前からお話に出ていますが、耀姫様のご報告は、当時の明治政府が私たちの家系の巫女(私の曾祖母、祖母、母やその姉妹)の神託をも恐れた経緯ととても似ていますので、あながち軽視できないのです。そして、日の巫女の王の一族は、明治政府から最も恐れられた一族ということになります。


岩崎純一 --- 2013年1月23日

 私は、この日の巫女の一族のことは、和歌と巫女神道の両面から知りました。現在の一族の長である耀姫様の主張としては、ご自身の一族が伝承する神話(というより実話)があって、それが現行の日本国の皇統側の正史においては『古事記』という形の中に組み込まれているにすぎないという見方かと思います。

 日の巫女の一族の全てのご主張が史実に寸分違わず正確妥当だとすると、現在の男系男子の皇統は、千年以上に渡って伊勢斎王のまともな神託による天照大神の影もなく(しかも、斎王の神託自体が事実上初期から形骸化していたらしく)、仏教化した皇室神道のもとに展開される血統で、日の巫女の王(日巫王)すなわち女神耀姫(天照大神、神功皇后、卑弥呼・・・)の母系巫女神道家系こそが、真の「姫」姓を持って現皇室・現皇統の上位に君臨する女系王統であることになります。
 現在から短く見積もっても、斎王制度が終焉を迎えた頃には、本来は斎王の上に立つべきでない現皇統が上に立って、以後千年間は、皇室神道(とその斎の巫女たるべき神宮祭主や内掌典)は真の巫女神道を継承していないことになります。
 そうなると、内掌典は、宮中で何の意味のない物体(宮中が追い出した天照大神を祀る伊勢神宮の八咫鏡の、さらにそのコピー)を護っているのではないかという極論になってしまいます。

 それにしても、もっぱら斎王が詠んだ和歌の情趣という立場から申しますと、斎王になって初斎院や野宮で暮らす時期や、伊勢に向かう道中や、伊勢において斎王が多くの侍女に囲まれて詠んだ歌には、それはそれで深い悲哀とささやかな微笑があるのです。そういった巫女神道の哀しき美を思うと、「卑弥呼も神功皇后も天照大神も同一の女神耀姫であって、天日矛の子孫であり、現在の日の巫女の一族のみがその正統であり、古くは高句麗=高天原に端を発する」という旨の、カントやヘーゲル並みの神概念の導入のような、イレギュラーの全く存在しない一直線的解釈から、真の斎王・巫女神道史観が生まれ出るものかどうか、にわかには信じがたく、驚きを持って見ています。

 私は、斎の巫女には、ここの皆様がお持ちのような「ごく一般の人々に対する真摯な優しさと、心から貧富の差を縮め災害を鎮めようともがく託宣精神」が必要だと思っています。
 上記ページにもあるように、秦氏に所属する商人や職人を一手に束ねて経済的にも圧倒的な優勢を誇っていた自分たちの一族に、無作法を働いた天皇一味が頭を下げ衣服まで献上したといった伝承、すなわち、ご一族への富の集中がその巫女神道の正当性と現皇統の不当性の結果であるとのご見解を、ご一族が盛んに主張されている現状を拝見しますと、天皇が二千年前にこのご一族の先祖の方々にはたらいたとされるその無作法が本当に存在したのかを冷静に考えることが、目下適切な神道史観、妥当な歴史学的態度かと私は思います。

 ただし、私としては、『記紀』の創作理念が、悪く言えば虚構と脚色の書、よく言えば扶余・高句麗・百済、そして大和朝廷側からの大陸(唐、新羅)対策としての書だったのと同様、耀姫様のご一族を含めた古代吉備の巫女神道についても、虚構・脚色と史実との区別といった安易な二元論から超然としてとらえたいと思います。

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(10) 岡山の神道系新宗教の隆盛

岡山の神道系新宗教の隆盛
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
岩崎純一 --- 2012年12月5日

 また後日書きますと述べていたことが以下です。以前にも何度かお話しさせていただきましたが。

 私が目下、吉備の神道について不安視しているのは、今でも岡山の由緒ある神社神道系の社家の中に、巫女に限らず宮司や禰宜にも、いわゆる神道霊学、秘教神道に舵を切ったり、金光教、黒住教、ほんぶしん、神習教、天理教、大本、神道天行居などを思慕してその方向に舵を切る人が絶えないことです。
 私も以前から、金光教や黒住教のニューエイジ化・ヒーリング宗教化に言及していますが、神社神道本流の宮司や禰宜のニューエイジ人間化・ヒーリング宗教者化とでも呼びたい傾向も出てきていると感じます。
 ご存知の通り、前者の四宗教は岡山発祥であり、このほか岡山の新宗教、ニューエイジ系集団の勃興率の異様な高さは全国的にも珍しく、県内社家の巫女の間でも話題になると伺っていますが、岡山の土と空気(風土)がそうなっているかどうかを、それこそ皆様に神託して見ていただくまでもなく(?)、歴史がそのこと(岡山は新宗教が発生しやすい土地であること)を示しているので、悩ましいところです。
 私は、私立の中高一貫校卒ですが、一家・一族丸ごとこれらの教団の信者である同級生はたくさんいました。当然、東大に進んだ人もおります。

 国家神道と同じくらい、教派神道・神道系新教団とも関わらずに近代の神道改革を乗り切ることのできた岡山の巫女神道の社家はあるのでしょうか。ただし、神道大教や神宮教、出雲大社教は、良くも悪くもこの話題から除かれる性質のものと考えますが。


吉備の斎の巫女 --- 2012年12月7日

 なぜ岡山における新宗教の発祥が多いのかは、それこそ死ぬ覚悟での神懸りを経ないとわからないことかもしれませんね。ただ、私の一族は、金光教や黒住教、神習教などの影響を受けずに近代を乗り切ったものと私は見ています。
 しかし、現在でも周囲はこれらの信者だらけです。金光教は、大字丸ごと信者であるところもあります。

 遡って申しますと、日本神話(『記紀』や私たちの社家に伝承される神話)の想像力・創造力に富んだ虚構性や脚色は、江戸末期の教祖個人の霊体験とはまったく異なる性質のものであると考えています。仮に前者の神話だけが創作で、後者の体験が事実だとしても、私たちの言う神道とは前者を伝承する精神のことを言うので。
 金光教については、今では信者も外部の県民も、これを神道と認識することが最も難しい教派神道系の団体だと思います。天理教やその系譜のほんぶしんなどは、自他共に認めるとおり、まったく神道ではありません。また、禊教は岡山の教派神道ではありませんが、金光教も禊教も、皮肉にも白川伯王家の後ろ盾で急成長した新宗教です。ただし、当時は金光教も神道と言えたからこそ、白川伯王家もそれを助けたのだということは言うまでもありません。

 ただ、吉備地方の遺跡群や、私たちの社家に秘伝・埋蔵されている文物なども、『記紀』の記述の反証となる(つまり、『記紀』の捏造性を証明してしまう)ものが含まれますし、国学・近代化の時代以降は、発掘・研究禁止も指示されました。このようなことから、岡山という土地は、「新教団を立ち上げて、(事実上)既成神道に反逆せよ」との天命を自分個人が受けたという神託体験を捏造する教祖・神職や詐称教団を生み出しやすく、また、明治以降の国家神道などの国策に対する反骨精神の残存もあって、そのような教祖・教団を町民・村民レベルで継続的に信仰しがちな土地柄ということはあるかと思います。

 ちなみに、私の社家は、国家神道の影響も直接的にはあまり受けていませんが、間接的に受けています。以前も触れましたが、新政府による神道国教化や国家神道構築の動きで白川伯王家が没落したため、皇室神道(内掌典、斎皇女)と私たちのような原始巫女神道(斎の巫女)との関係が完全にとだえるという結果になりました。


岩崎純一 --- 2012年12月9日

 神託体験を捏造する教祖・神職や詐称教団を生み出しやすく、町民・村民側もそれらを信仰しがちな土地柄という視点は初めて聞きましたが、合点がいきました。普通は、池田光政の神仏分離政策、仏教(特に浄土真宗)への弾圧と神道・儒教の優遇などが、原因として挙げられますので。

 巫女神道への間接的な影響としては、大教宣布・神道国教化、神道事務局祭神論争、そして国家神道・教派神道制度への方針転換といった政治的混乱の影響が大きかったのでしょうね。発掘禁止の指示も、本来は、大和朝廷への古代吉備王国の貢献度や、吉備に残る斎の巫女たちの神託を、国家神道側が恐れたというのが真相ではないでしょうか。それで結局、巫女神道には神道の場からご退場いただく、巫女の神験の影響自体を神道から排除して、近代化や帝国主義戦争に使える国家道徳に神道を作り替える、という方針になったのだと思います。

 もちろん、岡山県に限らず、教派神道の教団ごとの方針(明治新政府や戦後の政府への反抗の仕方)や教派神道連合会との距離感の違いは見られます。
 しかし、例えば、人工言語(岩崎式言語体系)を制作していて言語学関係者の方々との交流のある私から申し上げますと、エスペランティストや世界連邦主義者には、戦後に教派神道連合会に加盟した大本の信者が相当数含まれます。これは、出口王仁三郎がエスペランティストだったことに起因していますが、これらの方々の一部は、「日本語や日本国を廃止して、エスペラントや世界連邦国家・政府だけを統一言語や統一国家・政府として残したとしても、日本神道を残すことは可能である。日本神道の概念は完璧にエスペラントに翻訳することができるため、祝詞をあげるのもエスペラントを使えばよい」と主張しています。
 このような主張をする大本の信者は、岡山県にも今なお多いです。これらは、一見するとニューエイジ的・近未来的な発想ではありますが、未来にも実現不可能な内容です。そして、この大本の教義にさえ不満・不足を感じてこれを脱退した友清歓真が創設した宗教結社が、神道霊学に基づくユダヤ陰謀論(ユダヤ人に対する霊的国防)を今でも唱える神道天行居です。
 これらは、私の言語観や神道観とは全く相容れないものです。

 そういえば、神懸り体験や共感覚の議論のところでも、皆様が私に合気道を勧めて下さいましたが、植芝盛平の大本入信などを見ていても、根本的なところで安っぽい印象や、ちゃちな感覚を覚えてしまう私は、今まで通り、巫女の皆様との交流や、真面目に生きていらっしゃる精神障害者や発達障害者の方々との交流、自分自身の共感覚体験などから、「合気」さえ体得できていれば、いかなる武道も宗教も私には無用だろうという考えで、現在のところは生きています。

 以前話に出た日の巫女のご一族の耀姫様の神道史観についても、真っ当であるとする人もいれば、それが史実をどこまで反映しているのか、現在の(旧)教派神道系の教団並みのニューエイジ思想にすぎないのではないか、と疑う人もいるなど、賛否両論があるようです。

 私は様々な言語学閥の動向を追っていますが、面白いことに、言語学においても、東アジアの扶余や高句麗で飢饉に苦しんだ、天日矛神を信仰する一族が、九州に渡り、吉備に辿り着いたという説は唱えられています。なぜならば、日本語自体が、扶余語や高句麗語に近いのは確実であるからで、日本語とこれらを合わせて扶余語族とする説があります。
 ただし、正統の言語学ではほとんどタブーです。一部の社家の神事(ほとんどが耀姫様のご一族の神事)で使われる、変則日本語に聞こえる「高天原言葉」なる言葉も、実質的には高句麗語の姿を残していると思われます。その後、日本列島土着の言葉にそのような渡来系の言葉が重なって「大和言葉」が成立していき、大和朝廷が誕生することになります。
 これとは反対に、日本語は南方起源だとする説に、大野晋の「日本語クレオールタミル語説」などがあります。私は、これについても極論過ぎると疑っておりますが、しかし例えば、耀姫様の言語観・日本語観において「大野の法則」などがどう受け止められているか、耀姫様のご一族の「高天原言葉」やお手元にある神典などの通時言語学的分析と耀姫様がお唱えになっている生得真理との理論的統合は成されるか、といった点に関心を持っています。

 いずれにせよ私は、「日本語は、世界的に極めて古い、多言語のハイブリッド言語」であり、「日本文明は、南北の様々な超古代文明のハイブリッド文明」というのが真相だと考えます。
 ニューエイジ化した教派神道の教導者陣による神道教育程度では、その深みと重みには耐えられないと思います。

 ともかく、神道かどうかよく分からない新宗教が興されたり、ユダヤ陰謀論と日ユ同祖論の両方が展開されたりと、一部の岡山県民に見られる神道観は色々と危ないと感じる今日この頃です。


つくりつくり姫 --- 2012年12月10日

 私も岩崎様と同じく、黒住姓を先祖に持つ家ですし、私たちの場合は血のつながりもあるとされますが、ややこしい分派があって以降は関わりはありません。川崎医科大学総合医療センター、川崎学園、旭川荘など、黒住教系の施設への訪問歴はありますが、神道上の共通点があると感じたことはありません。日本会議とも関係が深いようですし、うちの一族としては、黒住教は政治・営利団体ととらえていますよ。
 黒住教は、元は朝日(初日の出)を拝む日拝の神事にアニミズム性が宿っていましたが、天照大神に万物創造主の性質を持たせて以降は、私たちの巫女神道から見れば、天理教や金光教と同じく「神道ではない新宗教」であると映っています。


吉備の斎の巫女 --- 2012年12月11日

 岩崎様の教派神道のニューエイジ化に対するご不満やご不安は、私たち巫女神道の立場から見ても、本当にまっとうだと感じます。宗教や、合気道などの武道へのご姿勢の徹底ぶりも、恐れ入ります。

 とくに岡山県内の私たち斎の巫女がこれから県内の教派神道や神道霊学とどう関わっていくかについては、当の私たちにも解決がついているわけではありませんし、一筋縄ではいかないと思いますので、岩崎様の神道観・文明観や言語学体系も取り入れて考えるなど、優れた個人研究者・非宗教家の方々とも議論を深めたいと考えております。
 ほぼ全てが秘伝である耀姫様のご一族の皇別系巫女神道の「高天原言葉」などは、正体不明である以上、分析のしようがないので別にして、先ほどの大本のエスペランティストの方々の言語論や神道天行居のユダヤ陰謀論よりも、岩崎様の『大全』や言語論のほうが、よほど神道の本質を語っていらっしゃると思っていますので。

 ちなみに、金光教や黒住教の信者にも、エスペランティストは多く、共産主義者も多いですし、日本語廃止論者や世界連邦国家論者も見かけます。大本の主張とほとんど区別はつきません。日本語を廃止して世界統一言語(エスペラント)だけを用いるようにしても日本神道を世に残せるという、これらの方々の信念は、天照大神や天皇を宇宙万物の創造主とする一神教思想からしか出ませんので、従って、私たちからすれば神道とは認めがたいです。
 私たち巫女神道において、天照大神も天皇も万物創造主ではあり得ないのは当たり前のことですので。
 戦前は、大本を中心に、教派神道信者の軍人も多かったですし、金光教や黒住教にも軍人の信者が多くいましたが、一神教的な天皇教は、そもそも神道、巫女神道とは相容れないのです。


神代の巫女 --- 2012年12月14日

 教派神道については、少なくとも岩崎様が挙げておられる岡山県内の教派神道系新教集団は、私たち斎の巫女の伝承とは無縁のものと思っておりますので、関わりそのものがございません。教派神道系と言っても、様相がまったく違いますし、天理教とその分派は、私は神道でさえないと考えておりますので。
 結局のところ、黒住教の発祥のきっかけである黒住宗忠の天命直授や、金光教の発祥のきっかけである金光大神の立教神伝が、古代吉備王国時代からの神事を伝承する私たち斎女の「神懸り」と同じ(科学者が一応説明できている)合同感覚的な自己催眠だったかどうかを、タイムマシンで過去に戻って検証しなければ、それらの宗教を神道と称することも不自然だと思います。
 日ユ同祖論も、日本の神道とつながるのは、ユダヤ一神教ではなく、それ以前の古代エジプト・オリエントの多神教世界だと思っていますので、私としては関わっていません。

 言葉はとても悪いですが、私たちの巫女神道は、いろいろな教派神道系教団やオカルト科学とは今後も無縁でありたいと願っています。


岩崎純一 --- 2012年12月16日

 つまりは、成立過程にニューエイジ性が伴っていないことが明らかである神道大教や出雲大社教は別にして、とりわけ岡山発祥の教派神道系宗教は、神道であるかどうかを再確認しないとどうしようもないようですね。私も、かなり幼い頃から、これらのどこが神道なのかよく分からないという思いで見てきました。

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(9) 宮中祭祀と巫女神道との距離感

宮中祭祀と巫女神道との距離感
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
神代の巫女 --- 2012年11月17日

 かねがね聞き及ぶところですと、今は内掌典は、年齢層は私たちと同じ10〜20代の子女たちも多いですが、私たち地方の社家よりももっとローテーションが速い数年交代制になっているようですね。生涯を内掌典に捧げる女性は、テレビに登場した高谷朝子様の例あたりから減っています。この方の頃から、実際に内掌典の脳や身体では転換性、身体化に該当する知覚融合体験は起きなくなった可能性もあります。


つくりつくり姫 --- 2012年11月18日

 賀茂の斎王代などは、京都ゆかりの家柄から推薦で選ばれていますが、神道関係・社家の巫女ではなく、実業家の令嬢である傾向が強く、「神懸る身体=巫女神道」の性質をまったく持たない巫女の代表的存在となってしまいました。葵祭自体は廃れるべきではないですが。


吉備の斎の巫女 --- 2012年11月21日

 葵祭は、直接のご関係者の意識は別にしても、自治体や地域住民も、斎王代の話題性(見た目)と祭祀の型(見た目)に心があると思います。ここに巫女神道を見ることは難しいです。
 内掌典は基本的に、高谷朝子様のように酒の蔵元から内掌典に抜擢されるなどというのは珍しく、今でも多くが皇室・旧華族関係の血族(旧宮家など)の子女から出てはいるものの、国家機関や宮内庁職員ではなく、賢所を守るための天皇の私的使用人ですから、内掌典という職掌と、内掌典全員が神懸りしているかどうかという神道精神上の奥義とは別と考えるべきかもしれません。しかし、日本に残された最後の斎の巫女集団の一つであることに変わりはありません。

 私たちの家系では、処女懐胎神話を守る意味もありますが、処女のまま生涯神に仕えるお頭の女性を絶対に残します。そのような家は、もうほとんど見かけないです。


岩崎純一 --- 2012年11月23日

 私もそこは同じような考えで、「巫女の法的解釈」という話題を耳にするだけで興ざめしてしまう気質ですが、それはそれとして、高谷朝子様については、確かに神道というより、別の思想的な偏向が気になるものの、あのテレビ番組は大変参考になりました。
 と申し上げながら、気になる掌典職の法的解釈ですが、西洋型法治国家・立憲君主制国家である現在の「日本国」を、私は「国体の二元性」、つまりは、「神体としての日本」と「政体としての日本」の観点から見るので、これらのうち、宮内庁職員も、皇室の内廷の私的使用人としての掌典職も、後者の議論と考えれば、神道精神上は気が晴れるものです。

 私も、巫女神道の本流は、斎王(斎宮、斎院)にあり、それが滅びた今となっては、その血筋を引く、あるいは精神を継承する播磨や吉備の社家の斎女が、巫女神道の本流であるべきだとは思いますが、多くの内掌典の方々も、その精神は受け継いでおられるのではないかと考えます。


神代の巫女 --- 2012年11月25日

 ある意味では、宮中三殿の巫女の皆様は、数奇な運命に最もさらされた巫女かもしれません。
 現在の政治の動向・方針などを見ていますと、もし内掌典の方々が個人の思いとして神道の心に寄り添われるなら、国体・政体としての日本から離れた神道を温存することも考えうるかもしれません。もちろん、宮内庁からは独立してはいても、それは無理な話ですが、私としては、日本教育再生機構に関わっていった高谷朝子様のような行動は、本来は巫女の役割ではないと考えますし、神懸り感覚、神道感覚それ自体の伝承以外に斎の巫女の仕事はないと考えています。

 最初から、眞子内親王殿下のように、伝統を逸脱する大学に入学されたり、佳子内親王殿下のように、巫女神楽よりも自らお好きなポップダンスをなさるほうが、私たち巫女神道としてもすっきりします。それは、皇統の伝統をお守りになっていないのではなく、巫女的・神道的身体を持たない女性として生きる道を自主的に選ばれた点で頼もしいという意味以上でも以下でもないのです。
 皇統に奉仕する斎の巫女の本来の仕事は、天皇と天照大神とが一体化できるよう、神託によって心から支えることなので、斎王は斎の巫女であっても、現代の内親王・女王や内掌典はそうではあり得ないからです。

 神道と日本の歴史をほとんど理解していないと思えるここ数十年の政治や教育、神社神道の巫女文化を見ていますと、私たちの巫女神道の神懸り体験や共感覚体験を女性全体に普及するのは不可能と考えます。岩崎様の夢をくじくようで、とても申し訳ないのですが。


吉備の斎の巫女 --- 2012年11月26日

 いつも岩崎様のお考えを拝見していますと、日本の女子教養教育としての巫女性・巫女道のような道筋を感じるのですが、私としてもそこまでは考えたことはないです。とりあえずは、自らの社家の秘儀・伝統を守りながら、さまざまな価値観・宗教観でいらっしゃる国民を神社や祭祀でお迎えするというのがつとめだと考えています。
 皇室神道と私たち巫女神道との乖離のことは、気にはなりますが、どちらも国民に対して多くを隠している立場である以上、こういう議論の中でのみ、慰めに語ることにしていますので。
 ただ、斎王や内掌典についてのお考えは、私にとても近いので、勝手ながら安心しています。


岩崎純一 --- 2012年11月28日

 ご立派な姿勢だと感服いたします。
 日本の女子教養教育としての巫女性・巫女道というのは、まさに私の内心をよく突いておられると思います。

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(8) 巫女が詠む和歌の呪力・魔力について

巫女が詠む和歌の呪力・魔力について
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
つくりつくり姫 --- 2012年11月2日

 岩崎様と同じく和歌を伝承している巫女として申しますと、和歌というのも本来は聞き手・受け取り手(恋の和歌の受け取り手や、歌人から呪われる側など)を良くも悪くも金縛りや催眠術にかけることができるものでした。これは、ある一定の音の数や並び方を持つ音波が実際に脳波や身体に影響を与えることで生じるもので、例えば、テレビの光の点滅を見ててんかん型脳波が発生するのと同じ原理だと私は考えています。
『万葉集』より以前の歌垣の世界、妻問婚・女系時代の頃は、男が詠んで自分が妻にしたい女性を暗示で縛ったり、反対に女性・巫女が男に詠んで浴びせて心身の失立状態にしてから追い返すようなことのできるものでした。

 誤解を恐れずに言えば、合気道の「遠当て」と呼ばれるものに近く、原点からずれてしまいスピリチュアリズム化してしまった流派もあるのですが、私たちの場合は、巫女舞の旋回パターンで和歌の言葉と同じ作用を生み出すことができます。
 歌垣が一般的だった頃は、短歌以外にも長歌や祝詞の原型が見られますので、鬼道・呪術そのものという扱いで色々な型があったのかもしれないと思います。

 岩崎様の和歌によっても時々、私たちの巫女舞や和歌が生み出す催眠効果と同じような催眠が私たちのほうにかかることがありますが、私の体感では、岩崎様の共感覚的な催眠術能力は、万葉的な呪力ともやや違って、魔術的リアリズムのような感じがあり、やはり岩崎様の根底にある、現代の短歌結社文化や神道・仏教への反発心が影響している気がしています。岩崎様の「対女性共感覚」も、もしかしたらこれに近いと思います。


岩崎純一 --- 2012年11月5日

 和歌の真髄と、私の和歌の特徴をよく突いていらっしゃる気がします。
 単なる私の修辞技巧上の和歌観、趣味嗜好だけを取って見るならば、私は二十代半ばからは、やや京都趣味に寄りすぎているところもありまして、しかも、和歌史上において、私が持っているような共感覚を、歌人たちが天皇にあまりおべっかを使わずに存分に発揮して詠むことができたのは、『新古今集』の時代とその前後だと考えていることもあり、最も好きな歌人は藤原定家、藤原家隆、九条良経あたりではあります。
 一方で、この頃の勅撰集は、芸術至上主義的、象徴主義的な誇張表現も多く、そもそも和歌の真髄を標榜した名言、「やまと歌は人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける (中略) 力をも入れずして天地を動かし目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ男女のなかをもやはらげ猛きもののふの心をもなぐさむるは歌なり」は『古今集』の仮名序のものですし、和歌は万葉・古今集のずっと以前、もっぱら呪術や金縛り術として使われた時代から、共感覚文学の姿を呈していたのは確かでしょう。

 もっとも、和歌は吉備地方の隆盛の間隙の時期に最もきらびやかに京都で栄えますから、吉備生まれの身としましては、皮肉ではありますが、とりわけ巫女の詠む神懸りとしての和歌の共感覚性については、勅撰集とは別に探究してきたところです。巫女神道における歌道は、勅撰集の陰に隠れていますけれども。

 定家の「さむしろや待つ夜の秋の風更けて月を片敷く宇治の橋姫」などは、巫女的美意識(または、その観察者)の絶唱歌でしょうが、「風が更ける」、「月を片敷く」という直覚体験なしにこういう歌を詠むと、普通はこういった露骨な共感覚表現に耐えられないのではないかとも思います。
 定家はその感覚が分かっていた人ですが、それが分からないまま和歌分析をすると、新古今集はきらびやかな修辞技巧ばかりで、万葉の世界こそ素朴な自然主義だ、とこうなるわけです。今、アララギ系の歌壇を見てみますと、プロからアマチュアまで、ほとんどがそういう短歌観です。

 私から見ると、それはむしろ逆で、貴族政治の息がかかったり貴族らの天皇へのおべっかが入ることで、万葉歌に込められていた神託や呪いの言葉が抜け始めたのが『古今集』だと思います。枕詞というのも、本当は人心や動物の気や風や雷を起こしたり制したりする力を持つものですが、皆様のように神託に襲われたり、私のように万葉集などの和歌に呪われたり取り憑かれたりしたことがないと、こればかりは分からないと思うのです。


つくりつくり姫 --- 2012年11月9日

 巫女の和歌は、斎王歌壇以来、伊勢をとっくに離れており、今では吉備・播磨などの私たちのような社家に秘伝として継承されていますし、元から勅撰集のように共感覚的な修辞技巧などの文学能力を天皇や家臣にアピールする文化ではないですから、陰に隠れていますが、それぞれの同時代の勅撰歌よりは、万葉的な魔性を帯びているのは確かです。修辞技巧ではなくて、託宣でも詠みますから、神々の言葉が私の口をついて出たり私の手で書かせる自覚はあります。

 確かに、「さむしろや待つ夜の秋の風更けて月を片敷く宇治の橋姫」のような歌では、共感覚表現が美しいと同時に、ややわざとらしさも目立つので、金縛りや神託はかかりにくい気はしますね。ただ、実践してみればわかりますが、我が家に伝わる韻律と巫女舞で唱えば、私のそばにいていただければ、ある程度の確率でかかると思います。


神代の巫女 --- 2012年11月12日

 伊勢の斎宮歌壇と賀茂の斎院歌壇では、神降ろししながら和歌を瞬時に詠む、歌垣時代の託宣が長らく行われていたと思いますし、その後も実は託宣による歌詠みが保たれていて、肝心の天皇への天照大神の託宣儀式のほうが早くから形骸化していたのですが、賀茂真淵による国学以降は、賀茂社家自ら中世歌道から国学へ乗り換えて、巫女の和歌も神降ろしも邪教扱いとなったのです。これは、岩崎様がお作りの歌道流派リストにも入っていますけれど。
 巫女禁断令のときも、巫女の歌詠みは軽視されました。


吉備の斎の巫女 --- 2012年11月13日

 神懸りの儀式による歌詠みは、全国的に見ても吉備地方にはよく残っているようです。
 朝鮮半島では、口寄せ系や、郷歌(ヒャンガ)のなごりのような言葉のフレーズを託宣するシャーマンである巫堂(ムーダン)がかなりいると言われていますが、実態はよく分りません。伝統をしっかり守っているシャーマンも多くいると思いますが、一方で、神託を詐称する卜占業なども多いと思われます。

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(7) 神懸りと物理学上の電磁波動の関係について

神懸りと物理学上の電磁波動の関係について
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
岩崎純一 --- 2012年10月17日

 私の知る斎の巫女の皆様は、かなりの割合で最新の物理学や数学に詳しく、非常に面白い傾向だと思っています。以前関わった数名の内掌典の皆様や尼門跡の皆様もそうでした。先ほどの耀姫様の量子脳理論のご研究もそのようです。

 かくいう私も、最新の素粒子物理学、地球電磁気学、超数学などを追っていますが、神典・仏典でも読んだかと思うような禅問答的な言説を唱える西洋の物理学者や数学者も出てきて、それは相当面白い光景だと思っています。
 直観論理にしても、多値論理・ファジィ論理にしても、けっこう道教や陰陽道、陽明学に手を出している学者はいます。しかし、その視点がアニミズムの境、少なくとも汎神論的な世界観に入っているかというと、それは怪しいと考えていますが。


吉備の斎の巫女 --- 2012年10月19日

 今の量子脳理論などは、巫女の神懸り体験と相当整合性がありますから、自然な流れだと思います。
 岩崎様が、自己紹介のところでお書きになった超高速計算や、ブログでお書きになっていた自閉症者の先見性と同じようなことです。
 巫女の神懸り体験でも、全記憶の超高速検索をやっていたり、「素粒子(光子・電子などの素粒子)を観る、聞く、匂う」というような知覚世界に行きますから、脳のミクロの電磁気的な情報処理過程への関心が生じるのは必然だと思います。

 私たち斎の巫女の神懸り体験は、社家に伝承されたり神社に祀られたりしている神々や過去の賢者の智恵を借りる自己催眠、知覚の鋭敏化であり、どこかにある霊界・天上界の神々を自らの体に持ってくる行為ではありませんから、整合性があるのは確実なのです。

 岩崎様のお母様が、数日前からご近所の方々や動物の死を言い当てたり、地震を察知したりなさるのも、なんらかの電磁波や化学物質の微妙な変化をとらえていらっしゃるものと思います。
 岩崎様の、地震・台風や女性の身体現象を察知できる共感覚もそれでしょうし、岩崎様がほとんど私たち巫女の神懸りや身体現象に精神感化されたためしがないのも、岩崎様の脳や身体が私たちとほぼ同じ電磁気的な体質(男覡の体質)をお持ちで、私たちに対して跳ね返す能力があるからです。
 このような男性は、神社にお参りしたり巫女に神託を授かりに行くのではなく、ご自身がそれを人に(氏子の方々に)授けることができるタイプです。簡単に申しますと、ご自身は呪いや祟りに引っかからず、それらを人にかけると本当にかかってしまうタイプ、人を本当に呪ってそれに対応する禍(まが)を引き起こすことさえできるタイプということです。私たちの家では、修験道に励む男衆の中に、そういう男性がいらっしゃいます。


岩崎純一 --- 2012年10月22日

 私自身がそのような体質の人間であることは、薄々分かっている、というよりも、生まれてこの方、ずっと気づいており、強く意識して生きてきました。

「知覚の鋭敏化」について、私の場合は、そのまま「共感覚」と呼んでみたり、「全知覚・総合知覚の発露」と呼んでみたりするわけですが、斎の巫女の皆様の脳の電磁気的状態、量子的状態は、人間以外の動物のメスのそれらに近いのではないかと考えています。
 私の能力も、自分ではオスザルの能力、チンパンジーのオスの能力だと述べているのですが、斎の巫女の皆様の神懸り体験にはかないません。その点だけは、私とて深い畏怖のようなものを持っています。

 超高速や「素粒子を観る、聞く、匂う」という言葉からは、(超)光速という概念が思い浮かぶわけで、よく「光速度は秒速30万km」と言われますが、あれは「“質量ゼロの速度”の人間界(あるいは、人間の顕在意識)における名称を秒速30万kmと言う」と言ったほうが適切かと思います。ほとんどの物理学者は前者の言い回しですけれども。
 例えば、これは天台宗でよく言われますが、「止観」という言葉があります。これは、「止」と「観」という瞑想の二側面を言った言葉で、いずれにしても、単なる「停止」や「観察」の意味ではなく、「自分の思考・観察・直観を一度は止めてみることだ」ということを言っているだけでなく、「止観によって自分の時間も止まる」と言っている仏僧がいます。
 時間が止まるということは、光速自体になることですから、質量がゼロ、つまり、それと等価のエネルギーがゼロ(思考に使用しているエネルギーがない、つまり、思考してしない)ということになるわけで、そこで「無心・無思考(瞑想)は全思考・超高速思考に同一である」との究極の悟りが生じることになるわけですが、観測者(自分の脳を観測する仏僧自身や、仏僧を観測する科学者)によって観測される仏僧の神経伝達物質やニューロン発火それ自体は、それらの構造体自体の質量や抵抗の存在によって光速になり得ません。いかなる思い出の想起や、アイデア、発想・構想、ひらめきも、相対性理論と量子力学の適用を当然受けますから、電磁波動それ自体(無限大の高速度、無限大の「走馬灯))にはなり得ません。

 ここで、それら仏僧たちの言うこと(「自分の時間が止まって見える」など)を信じられるかどうかという話ですが、仏僧の脳を西洋的・一神教的まなざしで観測しなければ、そして、人間の思惟・思考は神経伝達物質や脳電位の順列組み合わせのみによっては生じておらず、多くの神仏と人間との狭間にある「合気(場)」それ自体が生じさせていると考えれば、信じられるわけです。電磁場というものは、本当はそのような「場」であると考えます。


神代の巫女 --- 2012年10月23日

 面白い解釈だと思います。神と巫女の関係も、「神が私に入る」関係であると同時に、「私が神に入る」関係でなければなりません。巫女舞でも、どちらかがどちらかの上に立って「観測する者」と「観測される者」に分裂すると、それは神託の失敗です。最も心地よい神懸り体験は、ミクロ世界では電磁波動の最も良い共鳴としてとらえられるのでしょう。

 ただ、スマホやコピー機などの電子機器類に、巫女舞に入る直前か巫女舞が終わった直後の私が近づくと壊れることが多いのは、いただけませんが。


岩崎純一 --- 2012年10月25日

 神代の巫女様がおっしゃっている、「観測する者」と「観測される者」の分裂、神託の失敗というものは、私の専門である哲学(というより、私の哲学史観)から申しますと、ユダヤ教の発祥そのものだと考えます。もちろん、ユダヤ人の脳によっては、それは「一神教的神託の成功」と認識されています。
 よく、日本神道とユダヤ教との同一視や近縁性の主張をする、つまりは「日ユ同祖論」を唱える日本人がいますが、日本神道のアニミズムに近いのは、ユダヤ教発祥以前のオリエントの多神教文化であって、私から見ると考えられない宗教の見識です。
 相対性理論は言うまでもなく、ニュートン力学・古典物理学を超克する多くの近現代の新物理理論は、ユダヤ系物理学者(ユダヤ教徒)が発見しておりますが、それとて彼ら自身には、一神教的世界観の超克と汎神論的世界観への回帰という意識はないらしく、あくまでも一神教信仰の賜物であると述べる物理学者が多いです。

 言われて思い出しましたが、私も電子機器類に近づくと、よく停止したり挙動がおかしくなります。ただし、私はパソコン・ITマニアでもありますので、直すのも早いです。それに最近は、私の思考や身体は、パソコンやスマホの挙動にはほとんど影響しなくなりましたが、テレビやエアコンのリモコンの挙動のほうにしばしば影響しています。


つくりつくり姫 --- 2012年10月25日

 巫女舞や神託をしているときの私たちの体も、私たちの社家の神剣・神鏡なども、計ってみると異様な電磁気を帯びています。体がリモコンになれるという言い方でもよいかと思っています。


吉備の斎の巫女 --- 2012年10月26日

「“質量ゼロの速度”の人間界(あるいは、人間の顕在意識)における名称を秒速30万kmと言う」というのは、一見物理学者に対する嫌がらせのようで、かなり正しい表現だと思います。このあたりの感覚なら、うちの巫女たちは皆共有している気がします。知識として持っている巫女もいます。
 ニュートリノも、質量はあるものの、強い相互作用と電磁相互作用を生じないのでわかりませんが、私たち斎の巫女の体も、いわば「天然のスーパーカミオカンデ」、「波動や粒子を受け止める器」とも考えられます。

 話はやや変わりますが、以前、岩崎様が二冊目のご著書をめぐるご縁で三砂ちづる先生にお会いになったり先生のご著書をお読みになった際、納得できる点と違和感を覚える点の両方についてお書きになっていましたが、岩崎様のお考えと私の考えは近いと改めて感じました。私は例えば、高岡英夫氏の身体論についても、同じ違和感を覚えます。
 これは、以前岩崎様とのお話で出た、黒住教や金光教のニューエイジ化・ヒーリング宗教化への違和感とほとんど同じものだと思います。このあたりにつきましても、またお話させていただければと思います。


岩崎純一 --- 2012年10月29日

「因果応報」という言葉も、「人に悪いことをすれば、そのうち自分に跳ね返ってきて悪いことが起きる」という解釈が主流ですが、この解釈にはかなりニュートン力学的な浅薄さが漂っていると私は思っていて、本来は「原因それ自体が結果を含む」、「原因は結果である」が正しいわけです。「原因、即、結果」であるとか、「結果が原因よりも先に起きることがある」ことが体得できていないと、これは分からないと思います。

 人間の自由意志についても、ベンジャミン・リベットなどの検証実験により、「自分の手を運動させる脳電位の発生時刻」が「自分が手を動かそうと思ったと自覚した時刻」よりも前で、かつそれらのどちらよりも「自分の手が実際に動いた時刻」が早い時刻だったというようなことは、すでに観測されています。

 私から見れば、こういったことを体得なさっている皆様の日本的・東洋的身体というものに、深い感銘を受けます。

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(6) 神懸り体験の正体、「合気」としての共感覚

神懸り体験の正体、「合気」としての共感覚
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岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
吉備の斎の巫女 --- 2012年9月25日

 神懸り体験の正体は、斎の巫女の身体外の主体からの働きかけに起因しない内的暗示、つまり、巫女が巫女自身に懸ける自己催眠と私は思っていますが、これも、私が生まれた家の神社に祀られる神々や神器の知識をもとに神懸かりしているので、もし本当に斎女の素養のある一般女性がいたら、脳と体の潜在能力のほうではなく、神道的知識のほうだけが不足しているにすぎないということになると思います。
 ですから、斎女の素養のある一般女性は、神道的知識に生きていないから託宣できないのであり、斎の巫女の身体性が全て失われたから託宣できないわけではないと考えます。

 神社の神々は、元から神様であったり、没後に神として祀られた人物であったり、いろいろですが、生前の何らかの業績を称える形でその神社で祀られることになったという点では共通しています。災害、飢饉、疫病などが発生したとき、あの神ならどうするだろうか、もしもあの人物がご存命だったならどう対応しただろうかと強く考えることが、斎の巫女の神懸り・神託の原点だと思います。
 そう考えますと、そのように念じて神社参拝を行っている一般女性であれば、私たち斎の巫女から遠いところにいるわけではないと思います。

 確かに、県内・播磨にゆかりのある別の社家として、日の巫女の王の名と日本の国姓の姫を女系継承する皇祖母神のお家とされる一族がいらっしゃいまして、この一族が日本の巫女神道最古の母系文化を伝承していると思われますが、そのお一人が下記のブログをお書きになっていました。世代は私たちとほぼ同じです。現在は、播磨方面に居を構えて、多氏・息長氏・渡来系秦氏関連の神社を統括管理しておられます。

 この方は、巫女以外には、バイオ関係、生命情報学、バーチャル・リアリティなどがご専門で、女性、というより人間にプロトカルチャとしてプリセットされたイデアを「生得真理」と呼んでいらっしゃいます。
 明治政府が神道国教化、国家神道の構築の過程で、巫女禁断令で巫女舞や神託を禁止して、私たち巫女の儀式が危機にさらされ、いっそう秘儀・秘伝化し始めた頃、日本がヨーロッパにつけ込まれないように、巫女がヨーロッパのカバラの家系に嫁いだりしましたので、この耀姫様もヨーロッパの血が入っているクォーターです。このような方が巫女神道の継承者として育てられるのは稀ですが。
 この耀姫様の一族(斎皇家)は、長い歴史の中で分派と再統合を繰り返しているようで、各家・各古老の方々ごとに伝承にもずれがあるようですし、耀姫様の神道観に対しても、どこまでが嘘でどこまでが本当か、色々な意見があるようです。ただし、同じ斎の巫女である私としては、家系が違えど、とても面白く、巫女神道のあり方を考える指標として真剣に読ませていただいています。

http://d.hatena.ne.jp/mayumi_charron/(耀姫の日記)

「巴紋と託宣の儀式から紐解く古代日本史。(卑弥呼と天照大神の実像)」(耀姫の日記)
http://d.hatena.ne.jp/mayumi_charron/20100218/1266474872

 ここにもありますように、私たちの神懸り体験というのは、神社に祀られている神々や神々として祀られている人物たちに近付いて心身一体になることです。
「自己催眠の暗示効果によって伝説の知恵者と催眠状態で心身一体になる、神憑りの技法を採用しているのです。(もちろん、これが全てと言うわけではありません。)このとき、神の霊といった、オカルトめいた考え方を持ち込む必要はいっさいありません。」というご説明は、私たちの斎の巫女の神懸りの実感をとてもうまく表現されていると思います。

 人間の脳は、脳自体や全身の筋肉にリミッターをかけていて、事故や災害への素早い対応のために温存しているわけです。事故のときにスローモーションに見えるのも、温存した能力によるスロー再生モードのおかげです。そのリミッターを意図的に外して、先回りして神託を得る能力の伝承こそが、私たち社家のやっていることです。前世の記憶もオカルト科学も使っていません。
 虚偽の霊能力などが入る余地はないですから、心理カウンセラーやアルバイト巫女さんたちがウソの神懸り体験を演じたり、催眠術にかかったふりをしても、見たらすぐにウソと分かります。

 自閉症・サヴァン症候群の方々が、尋常ではないスピードでジグソーパズルやルービックキューブを解けるのは、そのリミッターが外れた状態だからで、彼らにとってはそちらのほうが普通なのだと考えます。
 自然現象や女性の身体現象の察知に使えたり、超数学的能力として使えたりする岩崎様の共感覚も、そういった方々や、私たちの内的暗示、自己催眠能力と同じことと思います。もともと、女性は、排卵中や生理中はもちろん体表から出る電磁気や化学物質が変化しますが、ほとんどの男性は前頭葉によるリミッターをかけているので、遠方から犬のように女性の排卵を察知することはありません。
 それを、まだ外的要因(女性側からの「合気」)がないと解釈するから、オカルトになるのです。もちろん、男性の仕事が、数千年をかけて、狩猟や農耕から会社への出勤とサラリーの獲得に変わったので、岩崎様のような共感覚が男性にとって根本的に不要になったと思われます。

 ここで私の言う「合気」とは、「合気道」の「合気」と同じと思っていただいてよいです。合気道は、小柄な人が屈強な人をほとんど無心・無力で制する柔術ではありますが、岩崎様の知覚能力は、この同じ「合気」によるものと私は解したいです。うちの家系では、男性の能力をあえて「合気」などとは申しませんが、「女性に触れずして女性を制する」能力は「覡(おかんなぎ)」では要求される能力です。
 ともかく、岩崎様は和歌でもそれがお出来になりますし、「合気」の精神をすでに身につけていらっしゃるように感じますので、古武術、合気道でもなさるとよいかもしれません。私たちの周り(総社市)では光輪洞合気道が盛んで、岩崎様の地域もややそうかもしれませんが、岩崎様のいわば「共感覚道」には、武田惣角の大東流合気柔術と植芝盛平の柔らかな合気道を、私は感じます。合気道そのものをめぐる問題も、いろいろとあるにはあるのですが。
 排卵や地震の察知が岩崎様の個人的・私的能力なのか、男性の潜在能力の一つと見るべきかは、私の神道の立場としては、潜在能力と見たいところです。

 私たちの脳活動も、大学で専門家の方に調べていただくと、私たちが「神懸り」と呼んでいる心身状態に入り込んでいるときには転換性障害や身体化障害の女性患者と同じものが観測されます。でも、おかしなキノコを食べたときのトリップ状態とは少し違うそうです。ただし、磐座に身体を置いたまま空間移動する感覚がありますし、木々を吹く風の道が見えたり、もうすぐ亡くなることになる人や動物はそれなりに特定できるようにはなります。
 それに重要なのが、私が少なくとも男性に(父親や兄弟とのスキンシップなど以外で)触れたことがないことも関係しているでしょう。また、「おまけさん=生理」の最中は、衣食住のすべてにおいて、触っていいものといけないもの、入ったり通ったりしていい場所といけない場所があります。このことは、少なくとも私の場合、私の神懸り・憑き物体験の鋭敏化に一役買っているのですが、それはまた追い追いお話しいたします。


神代の巫女 --- 2012年9月26日

 共感覚と「合気」の関連性は興味深いです。
 私の用いている神剣は、電磁気を帯びさせることをよくしますが、これは雷や活断層の電磁気を利用したもので、これを私たち巫女も利用すると、神懸り(つまり、脳の記憶抽出や転換症状、自己催眠)が比較的容易になるからです。
 ただ、これは、自分たちの巫女としての力が弱まったのをごまかすために自然の電磁気を借りてきているというよりは、もとから自分たちの家が伝承し、自分が幼少より身につけてきた神懸り体験での「気」の感じが、雷などの自然現象で受ける電磁波動と同じように体感されるので、神懸り体験が脳と体の電磁波動だと知っているがために、時に応じて利用しているということです。

 人間の伝承されてきた精神文化を離れて、神の世界、天上界、霊界などの別世界が存在したり、霊がそれらの天界と人間界を行き来しているわけではないということです。ですから、岩崎様も『記紀』をよくお読みになると思いますが、高天原や葦原中国は創作と割り切って、巫女神道の秘儀によって見える光景とは別と思っていただけるとありがたいです。
 先ほどの「耀姫の日記」の以下の記事が、私たちが普段行っている巫女舞の一例と言えます。

「神社に祭られている神々の実用性。」(耀姫の日記)
http://d.hatena.ne.jp/mayumi_charron/20101009

 重要なのは、そういう合気や電磁波動を自ら起こせるかということで、岩崎様は起こせる能力を身につけていると思われます。


岩崎純一 --- 2012年9月27日

 どうもありがとうございます。自分の共感覚を単に我が事としてではなく日本の神道精神の普遍原理として語ることができるかということに、日々挑戦しながらも、悩んでおりますので、ご助言は大変助かります。
 私のような共感覚が、巫女の皆様の神懸り体験と同じく、脳と身体にかけられているリミッターを外す能力であるとするならば、なぜ平時(地震、雷などの自然災害や動物の脅威などの緊急時や、戦争・有事でない時)においてそれを外すことができるのかということを解明したいです。私は、その「リミッターを外す」ことを「箍(たが)を外す」と呼んできました。

 仏教哲学やニーチェ哲学が専門だった私として申し上げますと、耀姫様のおっしゃる「生得真理」とは、(仏教を、日本神道を男性中心主義化させたものと位置付けて批判なさっている耀姫様からは、お叱りを受けるかもしれませんが)、唯識思想の「阿頼耶識」そのものと思われます。耀姫様ご自身が、生得真理とは生命誕生から数十億年かけて蓄積されたものであると考えると述べておられる点からも、そのように考えることができます。
 阿頼耶識は、「種子(しゅうじ)」として「熏習(くんじゅう)」している「気分」の総体といった言われ方をします。ここでは、先験的に生まれ持った智恵と、自らが自らの阿頼耶識に溜め込んだ智恵とが合致するので、神懸りがいわば「自分懸り」であるとする皆様の感覚にも沿っているものだと思います。
 通説では、人間の阿頼耶識もアメーバ時代からの記憶を溜め込んでいて、人間は本来それを引き出せると言われるのですが、巫女の神懸り、神降ろしはまさにそれで、「外なる神の声」が「内なる神の声」である体験のことだと考えます。

 少なくとも私が個人的に評価している皆様のような斎の巫女の方々は、皆この阿頼耶識の存在と内容とを意識にのぼせることができているのではないかと私が思える巫女であるということだと、私自身は考えています。

 私に合気道を勧めて下さいましたが、合気道と教派神道系教団(特に大本)との関係については、私としては不満を覚えるところが多々あり、植芝盛平の大本入信などを追っていても、根本的なところで疑念を覚える(安っぽい、ちゃちな宗教観だと感じてしまう)私は、今まで通り、巫女の皆様との交流や、真面目に生きていらっしゃる精神障害者や発達障害者の方々との交流、自分自身の共感覚体験などから、「合気」さえ体得できていれば、いかなる武道も宗教も私には無用だろうという考えで、現在のところは生きています。


吉備の斎の巫女 --- 2012年9月29日

 岩崎様がお持ちの深い人間観・宗教観や武道への姿勢には、いつも恐れ入ります。そのようなご回答だろうとは感じていました。

 巫女の神懸りについては、一歩家を出ましたら、精神病理と扱われるおそれがありますし、私の神懸りの姿を一般の氏子の方々のお目にかけたとしても、耐えられない方々が多いですが、制御不能の病的なリミッター外しとも異なっていますから、注意が必要です。「箍が外れる現象」よりは「箍を自分で外す能力」と言えます。従って、私たちは、いくら神降ろしの儀式をやっても、それが擬似的な光や声であることを自ら失念する統合失調症にまでは、まず陥ることはありません。


岩崎純一 --- 2012年10月1日

 現存する日本の巫女、沖縄のユタ、東北のイタコなどの神懸り、憑依、神託、神通力などの体験は、精神病理学上では憑依障害、転換性障害、身体表現性障害、解離性障害に分類されていますが、統計上も、これらの全てが女性に多発するものとなっていると思います。
(統合失調症や気分障害は、診断基準に当てはまらないため、外されることが多いようです。また、解離性よりは転換性がほとんどと言われています。)
 東アジア・東南アジア圏のシャーマニズム文化は、世界保健機関(WHO)がICDを策定するときや、アメリカ精神医学会(APA)がDSMを策定するときに、いつも揉め事の種となっており、西洋の現代医学者らにとって最も不可解な文化のようです。

 今挙げた各障害は、一般女性においても一般男性よりも多発するのですから、「女性の中に憑依障害、転換性障害の者がいる」という解釈を転回させて、「女性は本来的に憑依障害的、転換性障害的動物である」とするのが私の解釈ですが、これこそが私が一般の共感覚女性研究者やフェミニズム団体から猛反発を受けた考え方です。なかなか難しいところです。

 このほか、文化依存症候群や民族依存症候群と呼ばれるものがあり、日本の対人恐怖症、朝鮮民族の火病、インドネシアのアモックなどが知られますが、日本の巫女の転換的神懸り体験は、世界的に見ても非常に平穏なアニミズム的境地を体現した文化依存症候群であると解釈できると私は考えております。この傾向は、卑弥呼の鬼道のような口寄せにさえ認められるものと思います。

 私は、自分の共感覚のルーツを探る心が高じすぎまして、東京在住の現在は、別表神社から中小規模神社まで、色々な規模の神社の巫女神道を探っておりますが、別表神社においてさえ、母系継承時代の神道の神託を現在も体験していると思われるのが、ほんの一部の内掌典と社家の斎の巫女ばかりである一方で、小規模神社を管理する一家の子女にも巫女の素養がある女性がおり、巫女の神託体験の有無が旧社格と無関係になってきている現状を、皮肉だともチャンスだともとらえております。
 私は「斎の巫女の品格」は、神懸り体験自体を背負って強く生きることだと考えておりますが、それが「神社の社格、家柄」によってもたらされるとだけ考えていたら、甘すぎる(社家内の神道継承がうまく行われていかない可能性がある)と感じます。

 吉備地域でも、その傾向はありそうなものの、やや特殊で、大規模すぎて人の目(現代的世俗の風潮)に触れている岡山縣護國神社、吉備津神社、吉備津彦神社などは別にして、自己催眠術としての託宣を行う巫女がよく現存していると感じます。
 しかし、吉備地域については、私はこの地域に特有の心配事があるのですが、それはまた後日に書きます。先ほど述べた新宗教関連のことです。


つくりつくり姫 --- 2012年10月3日

 岩崎様の「女性は本来的に憑依障害的、転換性障害的動物である」はとても正しい表現だと思うと同時に、相当直観的すぎて、うちの親族でさえ忌避する人もいるとは思います。わかる人ももちろんいますけれど。岩崎様は、本当に「一足飛び」に神道の本質に至る方でいらっしゃるがゆえに、難解な言葉(いわば神託)の持ち主でもいらっしゃいますね。阿頼耶識に最初から存在する転換性の神託体験を引き出すという意味がわからないと、岩崎様のお言葉はなかなかトリッキーに聞こえそうです。


岩崎純一 --- 2012年10月6日

 確かにそうかもしれません。
 巫女の自覚的な神懸り(西洋精神医学では憑依障害、転換性障害と見なされるほかないもの)と、ほぼ全ての統合失調症や多くの解離性障害とを、ある程度明確な形で鑑別可能だとすると、神懸り中の巫女は、例えば内的自己救済者のようなアニムスについても自覚的なのでしょうか。
 または、神懸りしていないときにすでにアニムスに自覚的な生活をしていて、それをあとは自己催眠によって呼び出すだけという感覚はありますか。
(私は、多くの解離性障害の女性にもお会いして、人格変貌や変性意識状態への没入の瞬間を目撃してきましたが、ほとんどの解離性同一性障害者の女性は、目下陥っている人格以外の人格の知識を持たないか、人格の存在に気づいていても統合し得ず、内的自己救済やアニムスに当たるものへの知的な言及は乏しいです。)


神代の巫女 --- 2012年10月8日

 どちらにも当てはまるという感じです。平時の生活自体が、まず一般の女性とは違って、深層心理、集合的無意識の奥底を掘った生活ですし、舞のときも、どの神をどのように、どの磐座から、どの木の間から、どのように舞台袖を通って降ろしたかに自覚的なのが、統合失調症や解離性障害との違いと思われます。


つくりつくり姫 --- 2012年10月11日

 そのアニムスも、わざわざユングのような「女性の無意識における男性的側面」などと私は感じているわけでもないです。ペルソナとしての顔と、インナー・セルフ・ヘルパーとしての内なる自己・真の自己を、取って付けたように区別する作業もしたことがないですし。
 ただ、学者をされているような巫女の方々は、やや違う認識のようですが。
 和歌を詠むとき、例えば男神を降ろして詠む、防人(さきもり)に成りきって詠むというようなときも、渾然一体であることが大切で、このあたりの解釈が、西洋の精神病理学では神道や和歌の心とは違うといいますか、セルフをヘルプすると解釈するのでしょうね。


吉備の斎の巫女 --- 2012年10月13日

 そこが、精神病理学や西洋魔術と、日本の神道の違いかもしれません。
 岩崎様がお詠みになる和歌も、3割くらいが岩崎様・男性の歌で、7割は女性に仮託してお詠みかとお見受けします。これも、おそらく内的自己救済行動ではなくて、岩崎様が巫に成りきっての、神懸り的な「女神・女心降ろし」だと思うのですが。


岩崎純一 --- 2012年10月15日

 そう言われてみますと、かなり整理できてきました。私の和歌についても、おっしゃる通りです。ユング的な「意識」・「無意識」の観念からさえも超然として詠んでいます。
 巫女の神託も、「内的自己」と「外的自己」の区別の消失によって生まれるということが、よく分かってきました。日本の巫女神道の本質が、「アニマ」・「アニムス」の区別さえ超克しながらも、かつ女性性を強く保つという点に、極めて強く惹かれます。

 この体得そのものは、男性には最後の最後で原理的に不可能である(男性は思惟によってその極致に達しようとするほかない)と私は感じていますが、和歌の修練も、その巫女神道のアニミズム性の極致の近くまで達観できる方法だと考えています。

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(5) 家系の遺伝子と巫女の神託能力・共感覚との関係

家系の遺伝子と巫女の神託能力・共感覚との関係
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
吉備の斎の巫女 --- 2012年9月17日

 岩崎様、自己紹介をありがとうございます。他の新しい巫女たちにも伝わったのではないかと思います。
 ネットに文章を掲載できる巫女は限られますが、なるべく色々なお話をさせていただければと思います。

 人間は、自分が持つ知覚能力が、自分が生まれた家系や生育環境に影響されるかどうかですが、私もこの点に同様に関心を抱いています。
 よくアルバイト巫女さんたちの面倒を見ますが、平時は普通の女子大生や女子高生である彼女たちに、神憑りして神託することがどういうことかを説明しても、ほとんどの場合は、まずわかりませんし、わからないだろうということが、こちらから見てすぐにわかります。巫女舞と神降ろしを伝授しようとして身につく女性であるかどうかが、その女性の醸している表情と身体を見てすぐにわかります。
 ただし、中には、この女性は斎の巫女の性質だということがこちらから見てわかる女性も、稀にいらっしゃいます。そういう女性は、私たちと神道上の知識が異なるだけで、私の見方ではすでに斎の巫女と言ってよいと思っています。

 私の妹や従姉妹たちは2〜5歳くらいには神託能力を示し、13・14歳頃には社家の儀式を担う巫女になっていきます。彼女たちも成長過程で、私と同じように、「声の色が紫に匂う」、「神託の味が赤に聞こえる」といった共感覚表現を発することがあります。
 ただ、それには、先祖代々の遺伝子から生育環境までが大いに影響しているのは確かだと思います。私の家系以外の巫女の皆様についても、その神懸り体質や知覚能力には、最初からその素養があったり、社家に生まれたことが影響しているということは考えられます。
 岩崎様のご先祖における、教育者からの近衛兵や陸軍将校の輩出、お母様をはじめとする女系の方々の事実上の託宣能力、災害予報能力、岩崎様の様々な共感覚や学問についての知識を拝見しましても、やはり岩崎様も家系の遺伝子を継がれたところはあるかと思います。

 それから、ここからは私の実感で、神道の外の方にはわからないと思いますが(もしかしたら岩崎様はそういう体感をお持ちかもしれませんが)、吉備岡山の古墳(造山古墳、作山古墳など)や遺跡(楯築遺跡、熊山遺跡など)、社家に残る神器(神剣、神鏡、神典など)、神座・磐座、神社や遺跡の形式などは、総じて大和奈良のもの、現皇統のものよりも古かったり、そこから逸脱していたりしますから、幼い頃から視覚的に目にするものがそうである以上、五感もよりラディカルで鋭敏な五感になっているのだと感じています。

 岩崎様がお持ちの、自然現象の察知能力や女性の月の周期の察知能力は、私の家系の男衆ですと、修験者の一部がお持ちであることを確認しています。


つくりつくり姫 --- 2012年9月18日

 私も、巫女家系の神懸り能力が一般女性の神懸り能力を上回っているのかが気になって生きては来ましたが、いずれにしても一般女性の神懸り実験などできるはずもない以上、うかつなことも言えないのが現状です。
 ただそれでも、一般参拝者の女性の中から巫女的素養があってご神託を授かりそうな女性を探して抜擢する勇気は、私には生じないところです。それに、処女懐胎神話などとの関係から、処女以外がさわれないものがあり、抜擢するとしても、確実にこちらにそれが確信できる(体で神道感覚を覚えてもらえそうな)中学生以下の女子になります。

 私の共感覚は、神託の言葉に色が付いたり匂いが付いたりして見えたり、磐座から音の帯が出ていてそれをとらえて託宣したり、といった例になりますが、そのような知覚を巷で「共感覚」と呼んでいると知ったのは岩崎様の著書やサイトからですので、逆に神道の外の言葉を得ることができて、ありたがく思います。


神代の巫女 --- 2012年9月17日

 私も、神懸り、神託能力には家系が影響しているとは思いますし、神道の知識の面と巫女能力の出現率の面では、一般の女性とはとても差が大きいとは思いますが、時々、この女性は私たちと同じ「空気」をしている、斎の巫女である、とわかる女性には出会うことがあります。
 ただ、そのような女性は、それが巫女気質である、神道精神である、などと理解しているかというと、まずそうではないでしょうし、ごく普通に神社参拝(神道)、お墓参り(仏教)、クリスマス会(キリスト教)などの年中行事をして生活していらっしゃるのだと思います。

 余談なのですが、巫女は、男女雇用機会均等法の適用からは例外的に外されているので、女性限定での使用が許されているのですが、労働基準法は適用されるので、妹や従妹の巫女舞などは、本人が舞いたいと思っていても、長時間・深夜労働にならないように、親族といえども注意しないといけないです。本来はそういう問題ではないのですが、私も中学・高校生のとき、困りました。
 色々な教育問題や法律と向き合っていると、いくら家の内部で身内だけで教えていても、継承が難しいケースが今後はもっと出てくると考えています。


岩崎純一 --- 2012年9月18日

 ご自身の社家に遺る神剣などを見てラディカルな五感を体得するところからは、さすがに私には、にわかには実感が難しいです。

 私の家系自体は、曹洞宗の家ですから、仏教色が濃いですが、私個人は「日本的実存」を標榜していて、日本の神道・アニミズムと、仏教哲学(特に中観、唯識、曹洞禅)と、ニーチェ哲学的な絶対神の顛倒による汎神論・神の遍在(これが東大時代の研究内容です)とのハイブリッド哲学を目指しています。細かく見れば、臨済禅よりは曹洞禅に傾いているあたりは、家系の影響かと思います。
 ちなみに、すでにご存知かと思いますが、近衛兵・陸軍将校時代の我が家系のどこを見ても「岩崎」の苗字は出てきません。妻問婚に近い婿入りで、祖父・曾祖父の苗字が全て異なり、母系を辿るとうまくいきます。ご参照下さい。

 皆様のような巫女の方々の共感覚の例を知ることができるのは、大変ありがたいことです。
 そもそも、共感覚の保持率(性差)については、基本的には誰が調べても、女性のほうがかなり高く出るので、私はそういったところから、家系の優劣の問題を超えて、古代からある動物的感覚の性差などを観察したいのですが、「女性は皆、潜在的に共感覚や託宣能力の保持者である」とする私の見方は、まだ早計にすぎ、一般的にはレトリックだと映るのかもしれません。

 紹介のところで書いた、自然現象の察知能力や女性の月の周期の察知能力は、サイト・ブログでもいくらでも書いてきたのですが、発達障害の男児にはかなりの確率で見つかります。修験者にもそれが確認できるとなると、修験道・山岳信仰が、男性の脳の機能分化前の(もっと言えば、受精卵時代の)根源的記憶を呼び戻している可能性があると考えます。
 私が出会った自閉症の男児の中には、着衣の女性を見て、明らかに乳ガンを言い当てていると思われる子がいました。言葉で言い当てると言うよりは、その女性を指差しながら「わーわー」などのたどたどしい擬音語で叫ぶのみですが、女性の体表(皮膚、髪、口腔など)から出る化学物質の変化を探知していると考えられます。

 巫女文化と現行法とが折り合わないのは、どうにも致し方ないところかと、心中お察しいたします。巫女舞・神託は、日本国憲法が規定している、あるいは、マックス・ウェーバーやマルクスの言う「労働」でさえないとは思いますが、日本とて今は現代西洋型の法治国家、立憲君主制国家ですので、何ともしがたいところかと思います。


吉備の斎の巫女 --- 2012年9月19日

 修験道の修行によって男性の発達障害(発達する前の認知世界)が呼び戻されるという見方は、巫女の神懸りにも適用できると思います。逆に、発達障害者が山登りやアニマルセラピーに参加すると、精神が落ち着いたり多動が緩和されたりするようです。
 ただし、岩崎様もそうですが、修験者は、自然現象や女性の月の周期が察知できるようになっても、言語活動や知能が減退することはないので、その点だけは、異なるプロセスと理解しています。


神代の巫女 --- 2012年9月21日

 私も同じような考えですが、自分のことを、そういう感覚に家系的に優れた女性というよりは、女性の潜在能力のストッパーを外す能力者だと自分では思っています。

 かの折口信夫と同様、私も、「女性には、巫女の女性もいる」のではなく「古来、女性は巫女であった」と思っておりますが、皇統安定以前の神託文化を継承する私(特に、神が降りている最中の女神としての私)から見ますと、例えば、大和の前方後円墳からして新時代のものであると感じます。前方後円墳は、吉備で発祥して大和へと拡大するのですが、小さい頃から学んでいる神懸りの光景を頭に浮かべるには、吉備の古墳の空気を浴びないと見えないことがあります。
 このように、余計なものを目にして邪念が入ると、神託を得にくいというような体験はあります。これは明らかに、家系や生まれた土地から受け継いだ固定観念だと思います。

 こういう古墳や神社などを、最近ではパワースポットと呼ぶそうですが。ただし、それも私たちが本気になれば、どこでもパワースポットにはなりますし、斎女としての身体は小さい頃からずっと持っていますので、ここまで来ましたら、私が都会に出たり電車に乗ったりしても共感覚や託宣能力を失うことはないかと思っております。今ではスマホもします。
 私は幼い頃に、イナジナリーフレンドを創造して会話していましたが(周囲には独り言に聞こえる)、母や祖母も同じような経験をしてきているほか、イマジナリーフレンドの名前が明らかにその頃に母や祖母から学んだ神々の名前をアレンジしたものだったりしたため、私をおかしく思う親族はほとんどいませんでした。そのことも、私の神託の力を伸ばしてくれたと思います。


つくりつくり姫 --- 2012年9月22日

 人間の感覚能力にとって、家柄の影響がまったくないとは言えないのでしょうね。ただ、いくら身内でも、巫女としての修行が何もなければ、絶対に巫女になれないことも確かです。

 そういえば、内掌典については、私たちの家系よりも比較的古くから地方の一般女性の抜擢をしているのは、どういう評価基準か不思議です。巫女舞テストや神懸りテストをすると言っても、難しい話です。
 私としては、岩崎様の「女性は皆、潜在的に〜」の部分は、根本的に正しい可能性もあるとは思うのですが、今のところ、「女性は」の主語を「巫女体質に生まれた女性は」や「巫女の家に生まれた女性は」とする以外に勇気が出ません。


吉備の斎の巫女 --- 2012年9月23日

 近衛兵の関連ですが、岩崎様が岡山の歩兵部隊の調査ノートでお書きになっているように(【注】:現在はこの調査資料をサイトに掲載中。岩崎による追記:2016年5月23日)、近衛兵を帝国政府・大本営が地方の男子の中から指名するときは、心身屈強、文武両道だけでなく、今は笑い話ですが、神懸り的勝利を誘発する可能性のある家系かどうか、昭和天皇に霊験・神験をもたらすことのできる血統かどうかも見られていて、吉備地方へは、大和、筑紫、出雲地方以上の優遇措置がとられる形で、名家の男子が近衛兵に採られています。
 ただし、吉備津彦命のように、あくまでも天皇・朝廷側からの論理に合っていて利用しやすい人物や家系です。私たちの巫女舞・神託を巫女禁断令(明治6年)で禁止したのに、戦争では苦しいときの神頼みだったのが帝国政府のようですし、岩崎様のお家もそのような白羽の矢が立ったと思います。いわゆる「憑きもの筋」という言葉がありますが、岩崎様のお家はその逆で、天皇に良い神験をもたらす家系と見られた、ということでしょう。

 このあたりの歴史は、私たちだけでなく、うちの一族の神職・男衆も比較的よく共有しているので、小さい頃から聞かされてきました。共感覚とは関係のない話になりましたが、要するに、当時の政府は、近衛兵のような天皇の親衛隊には、神懸った家系の神懸った頭脳と身体を持つとされる男子を率先して登用したのは確かです。

 私たち吉備の社家は、国から全く手を出されなかったり、優遇されたり、極端な扱われ方だったようですが、これは現在の皇族との関係性にもよります。
 そもそも、国学の発展で私たち巫女の舞・神懸り・憑依・託宣そのものが邪教とされるようになり、明治に入った時点で、新政府が巫女禁断令を出すなどして、それらが禁止され、政府側からの圧力は、政府がGHQの神道指令に屈した戦後にまで及びました。
 私たちの家は、表看板は国家神道に寄り添うふりをして、奥で秘儀として巫女舞や託宣を続けていましたので、巫女神道の根幹には影響はほとんど出ていません。ただ、そういう政府の歪んだ神道観の影響と、現在の皇統と各地の巫女神道の仲介役だった伯家神道の没落の影響もあり、完全に現在の皇統と縁を切って(血縁は元からありませんが、神道上の交流の機会さえも失って)今日を迎えているのです。池田動物園など皇室に関係の深い場所についても、私たち社家どうしの交流で一緒に訪れたくらいで、神宮祭主でいらっしゃる池田厚子様との御縁はございません。

 もともと、伯家神道が伝承していた(今も密かに伝承されていますが)、天皇が天照大神と一体になる儀式自体が形骸化したあたりから、神道に多分に仏教・儒教・道教を取り入れた吉田神道は、江戸幕府の寺院諸法度による後ろ盾を得て、伯家神道の上位に君臨するようになっていました。
 皇統・摂家・公家も、次々と門跡に出家して仏教色を帯び、幕府が倒れてからは、吉備・播磨の神別系の巫女神道のような原始神道は、皇統とは無関係に存続するようになりました。おそらく、皇別系の巫女神道でさえ、それに近い状況と思います。


岩崎純一 --- 2012年9月24日

 結局、この惨敗ぶりですし、戦争に勝てばよいというようなものではないとは思いますが、大本営の目、神道観は誤っていたということだと思います。神道指令も、それはそれでまた、日本の神道の奥義を理解していたとは思えませんけれども。

 伯家神道としては、天皇と天照大神が一体化する神事が明治天皇で終わった時点で、政府からは用なしとされたも同然でしょうし、大正天皇以降の天皇を「天皇」と称しがたいと思います。これは、帝国憲法において統治権を総攬する元首とされ、現憲法において日本国と日本国民統合の象徴とされる政治的天皇の問題ではなく、天皇存在の原理としてそうだと考えます。
 このこと(大正天皇以降の天皇の神道上の正当性への疑念)をかなり強硬に主張している吉備ゆかりの斎の巫女(「姫」姓)の家系が存在するのをご存知かと思いますが、それはまた後日にお話できればと思います。

 いずれにせよ、近衛兵の出身家系の問題については、吉備の神別系の巫女神道や伯家神道の側からは、「もはや天照大神の神託を受けない天皇が総攬する日本国に神懸り的勝利を誘発する吉備の武人家系など、あるはずがないではないか」という反発的なとらえ方になるのも、致し方ないかもしれません。むろんそれは、近衛兵の血を引く私にとってはありがたいことですが、せっかくご先祖様が天皇陛下をお守り申し上げたのに、政府と軍部の神道観がこんなことでは、という思いも私にはあります。

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(4) 巫女の方々への岩崎純一の自己紹介

巫女の方々への岩崎純一の自己紹介
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
(●●社家の斎の巫女の方々に2009年に送ったメールのネット掲載用改訂版)

岩崎純一 --- 2012年9月16日

●●社家の巫女各位

 最近は和歌ばかり詠んでいまして、しばらくここ(【注】:巫女の皆様との対話の場)に登場しておらず、失礼いたしました。日本の神道・巫女文化と日本人の知覚・感覚世界の話をこうしてテキストデータとして残すことは、大変意義深く、私も積極的に参加していきたいと考えております。
 新たな巫女の方もいらっしゃいますので、私が日本全国の神道・巫女文化、とりわけ故郷岡山の古代吉備王国や巫女文化を探るようになった経緯を簡単に書いておきます。

 まずは、共感覚から説明させていただきます。
 私は幼少の頃から、五感が共同・混交する感覚や、人間や動物(あるとき以降は特に女性)の身体や自然現象に対する察知能力(例えば、「空気の色の味を見たり聞いたり触ったりする」というような感覚)、時空間を自由自在に見回し、聞き回り、触って回るような感覚能力が自分にあることに気づいており(具体例は後述)、この感覚を持っていることを直接的な理由に、小・中学校時代にいじめを受けた経験もあります。

 上京した20歳前後に(当時、東大で哲学を学んでいました)インターネット検索で調べている中で、それが脳神経学分野で主に「共感覚」と呼ばれ、欧米ではかなりの研究実績がある分野であることを知ったため、自らの共感覚の記録を開始し、母校や他大学の脳神経学系の学者・研究者に提出し、研究の催促を始めました。今では、それらの大学での共感覚実験やインタビューにも参加・協力しており、私自身が共感覚関連での講義・講演も行っています。
 私の共感覚の記録の一部は、現在でもサイトに掲載しています。例えば、漢字約3000字について私に見える共感覚色を紹介していますが、今でもこれらの共感覚色で漢字を読んでいます。むしろ、「普通に文字を文字として読む」ことができるようになったのが、12・3歳頃でした。

 共感覚という概念は、ネット上で調べていただければいくらでも出てくると思いますが、日本人が最もよく共有している簡単な例を挙げますと、「赤っ恥」や「黄色い声」や「腹黒い」という共感覚表現に代表される感覚がそれです。「恥」はなぜ「赤」なのか、「高い声」はなぜ「黄色い」のか、「心の汚い人物」の腹はなぜ「黒い」のか。恥が赤いのは、恥ずかしい思いをすると顔・頬がヘモグロビンの赤色に染まることに由来しているでしょうし、他言語にも類似のフレーズが多々ありますが、各民族特有の共感覚的なことわざも世界中にあります。

 ところが、科学実験の対象となるような、脳神経学上の真正の共感覚者というのは、「ドレミのレは黄色に聞こえる」、「300ヘルツの音は青緑色の匂いに見える」、「ひらがなの“な”はいじわるな紫色の味だ」といった一見奇異な報告をします。私がそうです。非日常的かつ具体的な言語表現による報告であることが、まず素人の目で相手が共感覚者であるかどうかを判断する際の鍵であるということは、よく言われるところです。
 実際に、これらの共感覚者の脳活動計測をしてみると、一般大多数の人間の脳と異なった五感の機序を持っており、音波を聴いたときに後頭葉(視覚野)が反応したり、電磁波(可視光)を見たときに側頭葉(聴覚野)が反応したりしており、あるいは、視覚野や聴覚野それら自体が後頭葉、側頭葉、その他の部位にまで茫漠と広がっており、強度共感覚者(ほとんどが発達障害者です)の場合、いわゆるペンフィールドの実験(大脳の機能分化を立証する電気刺激実験)が成立しないことさえあります。私はこれを、「知覚の遍在」と呼んでいます。

 そして、現在のところ、9割以上の実験において、共感覚者は女性に多いことが示されており、また、共感覚者は同一・近縁家系に高確率で生まれるため、遺伝する可能性が指摘されています。ただし、現代社会が、特殊感覚を持つ男性が職業などの社会的地位の喪失を恐れてその特殊感覚を研究者に安易に告白しがたい男性社会であるため、共感覚者男性が社会の陰に隠れている可能性があるという説や、共感覚の発現には幼少期の教育・学習環境が影響しているという説も、よく見られます。
 共感覚は現状では、世界保健機関(WHO)のICDに定義されていないことから病理・疾病ではなく、また米国精神医学会(APA)のDSMにも定義されていないことから精神障害・行動障害でもないとされています。

 世界的に最多の、いわば三大共感覚と言える共感覚は、「黒や白の文字に、それらとは別の色が付いて見える」、「音に色が見える」、「数列・カレンダーに一定の形状・空間内配置が見える」というもので、私もこれらの全てを持っています。
 私の共感覚の全貌については、私のサイトやブログを網羅的にご覧いただくのが一番ですが、私はこのほかに、以下のような共感覚や特殊知覚を有しています。


●時空間を自由自在に見回し、聞き回り、触って回るような感覚がある。これは、下記の全ての知覚様態において発揮されます。


●自然災害(特に、地震と台風)の前兆を時々察知できる。

 日本語表現としては、「空気の匂いの変化を見たり聞いたりして分かる」といった表現にならざるを得ないが、実際に調査してみると、地磁気や電離層の変化などに一致している。
 ただし、全てが当たるわけではない。台風については、太平洋上での台風の発生の察知後に衛星画像を見ることで、自分の共感覚の正確さを確認できている。また、地震については、世界中に設置してある地磁気計や電離層のデータ掲載サイトなどで、自分の共感覚の正確さを確認できている。
 つまり、年始に「今年は地震や台風がいくつやって来る」と予言するなどの未来予知はできない。この点、極めて大勢の人から勘違いされる。この点は、アブラハムの一神教の預言者たちの預言能力や、現在の日本の霊能者やスピリチュアル・カウンセラーが保持を主張する未来予知能力と、私の知覚能力との、決定的な違いである。


●人間や動物の生理現象(とりわけ、女性の生理現象)を察知できる。

 これも、様々な女性にご協力いただいて私の共感覚で観察してみた経験があり、最初の十数日間は青紫色だったが次の数日間は赤紫色に変化した、といった共感覚情報を得て身体状況(排卵、月経周期)の判断を行っているため、共感覚の一種と見ることが可能である。このような感覚を、私自身は「対女性共感覚」と名付けている。
 ただし、私の知人である自閉症の成人男性や男児の中に、女性について彼らが見た共感覚色の変化によって明らかに乳ガンの発症を言い当てたと思われる男性・男児がいるが、私はそこまでの能力はない。
 また、よく見られる勘違いとして、「私がいつ結婚できるか、私は死ぬまで幸せか、あなたの共感覚で私を見て占って下さい」といった女性(学生・OL・主婦)からの依頼が来るが、これについても言い当てる予知能力は私にはない。私はただ、女性の身体が発する化学物質や電磁波の変化を動物的に感知しているのみである。


●5 + 8 のような単純な四則演算よりも、534072 × 320598 のような四則演算が色や匂いで解けたり、複数のグラフで囲まれた部分の面積が、本来ならば積分で求めるところを、一瞬目視しただけで回答が「見える」「聞こえる」「匂う」ことで解けたりすることがあった。

 一桁の足し算が難しいのに桁数の多い計算が瞬時にできるということは、「繰り上がり」などの概念とは別の数学大系、公理系、宇宙論の世界で計算しているということである。
(この能力は、10代のうちにほぼ消失。一部の重度の自閉症者やサヴァン症候群の人は、この能力を一生涯持ち続けることで知られる。)
 このような特殊な数学・物理学的能力(自分は「一足飛び計算」や「逆算的達観」と称している)に関しては、大学で哲学にいそしんだ頃にはほとんど消失したが、現在もそのような能力の痕跡と見なすことができる能力は残っている。
 例えば、無限の自然数・偶数よりも無限の実数が多いことを10歳の頃に「匂って」分かった感覚は現在でも続いているほか、数理論理学、超数学、量子論、素粒子物理学が達した結論に「一足飛び」で達することがある。


●これらに関連して、

直観像記憶(映像記憶)
不思議の国のアリス症候群(AIWS)
絶対音感
閃輝暗点と呼ばれる視覚的な前兆(アウラ)を伴う片頭痛
超音波知覚(超音波知覚研究:http://iwasakijunichi.net/choonpa/

など、様々な特殊知覚を有している。
(全部は書ききれないため、サイトをご覧下さい。)


 ご覧いただければお分かりかと思いますが、端的に申しますと、これらは、「私の脳と身体にすでにインプットされている感覚、知識、思考を全く逸脱していない(非科学的・疑似科学的な超能力などという大層なものではない)」ということです。

 超音波知覚について特設サイトを設けている理由は、超音波式のネズミ駆除装置や駐車場の超音波センサーなどの人工超音波が耳や体に極めて不快に感じられるほか、ネズミ駆除装置については効果が疑問視され、政府機関によるメーカーへの処分も下されており、社会問題として取り上げるためです。
 ただし、私にとって、自然音や動物の鳴き声に含まれる超音波については、不快には感じられません。私の可聴音域は、平均的な人間のそれ(20Hz〜15,000Hz。幼児期には20Hz〜20,000Hz、あるいはそれ以上で、徐々に高音域から衰える)に比べれば、およそ20Hz〜40,000Hzと極めて広いですが(胎児や幼児は皆、聴覚だけでもこの音域が聞こえていると私は考えています)、それは「超音波が聞こえる」という聴覚のみの話で、「超音波が見える」、「超音波が匂う」、「超音波の味がする」、「超音波が身にさわる」という私の共感覚で知覚可能な超音波の音域は、10Hz〜80,000Hz(場合によっては100,000Hz=100kHz)であることが分かっています。

 共感覚については、2006年頃から、当時人気だったmixiで共感覚者のコミュニティが作られ、共感覚者オフ会も立ち上げられ、私も大体のグループには一通り参加しました。ただ、現在はこれらのほとんどは、昨今言われるところのいわゆる「女子会」やフェミニズムサークルに姿を変えるなどして、人間の共感覚や外界知覚・認識について議論する場と言えるかといえば、そこからは極めて遠い性質のものとなっています。
 現在、「共感覚」という言葉は、「知覚ビジネス」や「人間工学ビジネス」と言ってよい動きを見せており、オーラ・ビジネス、スピリチュアル・ビジネスと結びついて、虚構の共感覚者を名乗る者も多数登場しているほか、共感覚イノベーション事業に国費が投入されるなどしており、私個人としては、これらに見るべきところはありません。

 そのような流れの中で、私個人は何を試みたかと申しますと、私と同じような知覚・認識様態を有する日本人(や外国人)に出会いたいと渇望し、まずは、いわゆる健常者・定型発達者とは呼ばれない人々、例えば、発達障害(とりわけ自閉症、アスペルガー症候群など)やサヴァン症候群の人たちの能力に私との類似点を見出し、交流してきたわけです。彼らは、一桁の足し算ができないにもかかわらずルービックキューブを簡単に解いたり、ジグソーパズルを驚くべきスピードで完成させたりします。

 私が一冊目の著書で「私は科学者ではないが、私の経験と直観から見るに、共感覚と自閉症の発生機序は似ており、人間の原始感覚を探究するにふさわしいテーマである」旨を書いた際には、相当な反論があったのですが、2013年に「共感覚者には自閉症者が多く、自閉症者には共感覚者が多い」旨の論文がいくつか出て以来、この知見は欧米では共有されつつあります。
 私としては、このような知見は自閉症児の目を見てすぐに達観されるべき事実、本能的な見識で、共感覚や自閉症を研究する日本の大学・学者の「閃き」のなさに実に辟易しており、心底困っていると言ってもよいのですが、このような愚痴は今は本題ではないので、横に置きます。

 そしてさらに、人間の知覚の共時態(同時代に生きる自閉症者、サヴァン症候群の人々など)と同時に関心を持つに至ったのが、人間の知覚の通時態(日本古来の自然信仰、アニミズム的世界観を体得し継承している斎の巫女など)であったわけです。そこで、とりわけ2008年から2011年にかけて、京都を初めとして、大変な勢いで神社仏閣、日本庭園、社家、歌道を訪れる一人旅をして参りました。現在私をめぐって形成されている巫女(特に、地元岡山や、京都、東京)や旧公家・華族の子女の方々、古典・和歌の女流歌人との交流は、この頃に始まったものです。

 私の二冊の著書は、中小規模神社の巫女の間で読まれているほか、一時期は内掌典のご退職者や尼門跡の関連神社の巫女(10〜30歳代)の方々にも読まれるなどして、それは大変光栄なのですが、私にしてみれば、どうしてこの新書形式での私的体験の報告が日本の伝統的家系の子女にばかり偏って読まれているかという不思議な現象への関心から始まったわけです。
 これには、いくつかの幸運が重なっていると考えています。まずは、私の父方の家系は近衛兵、母方の家系は陸軍将校を輩出し、かつどちらも教育者の家系で、むしろ社家の子女・巫女の方々を含む若年者を教育する立場でしたから、岡山では私の家をご存知の斎の巫女の社家があったことです。1946年まで終戦を知らずにフィリピンで戦った、戦死率95%の陸軍歩兵部隊から数名が帰還し、その一人の子孫が私です。

(追記:2016年5月23日)
巫女の方々にご協力いただいて作成した『大日本帝国陸軍 歩兵第10連隊(岡山・鉄5448部隊)戦史調査資料』を、サイトに掲載しております。)
『大日本帝国陸軍 歩兵第10連隊(岡山・鉄5448部隊)戦史調査資料』
http://iwasakijunichi.net/okayama/okayama-hohei10.pdf
郷土(岡山県)研究
http://iwasakijunichi.net/okayama/
(追記終わり)

 当然ながら、これらは天照大神に選ばれし帰還兵などではなく、偶然に米軍の最終攻撃をかわして生き残ったに過ぎない帰還兵たちで、誰がいつ戦死するとも分からず、従って、私とてこの世に偶然生を受けた人間に過ぎません。本土帰還後、戦争の延長で暴力的人間になるだけの帰還兵もいましたが、そうではなくて、人間の不条理を達観した人生を送った帰還兵もいて、それは立派なものです。
(もしかすると、何の根拠もない話ですが、私は生まれながらにして独特の感覚の保持者たる宿命は背負っているのかもしれません。)

 また、私は大学で西洋哲学に飽きて東洋哲学(神道、仏教哲学)や日本文化に舵を切り、結局は東大を中退して以来、和歌を詠み、古書・漢籍にも親しんでおり、至極光栄なことに、巫女や旧公家・華族の子女の方々とも和歌を交わして遊ばせていただいた経験もあったことから、社家が数百年に渡って伝承してきた古書を読むことができ、その記録内容に私の感覚世界との類似点を見出すだけの実学・技術が何とかあったことが奏功しました。
 そうしているうちに、恐縮ながらも、これらの巫女の方々が私を日本的共感覚の良き唱道者のように認識して下さる土壌ができていったということです。

(追記:2013年04月28日)
巫女の方々にご協力いただいて作成した『旧派歌道・歌学の流派・家元・団体の総覧』もサイトに載せております。)
『旧派歌道・歌学の流派・家元・団体の総覧』
http://iwasakijunichi.net/ronbun_ippan/kado.htm
和歌・古典
http://iwasakijunichi.net/waka/
(追記終わり)

 余談ですが、私は一時期は、やや政治的天皇論にも首を突っ込みましたが、私の哲学的価値観は結局、日本的アニミズム・神道と仏教哲学(中観・唯識・曹洞禅)とニーチェ哲学・ベルクソン哲学とを融合したもので、私の人生それ自体を「日本的実存」と名付けております。

 それはそれとして、例えば、和歌に「光」や「音」の語があっても、古書・漢籍を読解するだけの技術的・精神的基盤がなければそれを歌人の共感覚や総合感覚の発露だとは読まないわけで、最初から巫女にこのような議論を投げかける男性自体が全国的に限られています。和歌・古書を読む習慣のない脳科学者が被験者の巫女の脳データを採ったところで、それ以上の神道的・文学的な奥義の道へ分け入ることは不可能です。
 このことは、巫女の側からも同じように認識されていたようで、ただ太陽や月や星や神々を生涯の恋人とする処女として現代日本社会から隔絶されて生きる斎の巫女の方々が、初めて外界の一般国民と接して知覚世界の議論をするときに、誰のどの本を選ぶかと言えば、確かに日本の共感覚界では、私の著書が最も巫女世界に寄り添っていたものだったのだと思われます。

 そのような運命の中、いざ蓋を開けてみると、伝統ある社家が輩出する正真正銘の斎の巫女(つまり、一時期限りの女子学生アルバイト巫女などは除く)の中には、共感覚を有する女性に容易に出会うことができて、唖然としたわけです。
 私の中では、巫女の持つ共感覚は、脳科学の対象として扱って終わるような代物ではなく、文化人類学的価値です。西洋哲学的・アブラハムの一神教的二元性(「聖」と「俗」の別)から超然とする、東洋的アニミズムの最高遺産です。
 また、一般国民女性の多く(悲しいかな、私の友人・知人女性の多くも含む)が私の二冊目の著書の内容に嫌悪感を覚えて、どの共感覚オフ会でも一冊目のみに言及するのに対して、これらの巫女の方々の中には、むしろ私の二冊目の内容を男性の原始感覚と見て、神道的立場から『古事記』・『日本書紀』と照らし合わせることまでして下さっている巫女の方々もいます。

 ここに来て、「自然現象を察知できる」、「女性の排卵を察知できる」、「(先ほど申し上げた)“一足飛び計算”や“逆算的達観”ができる」という私の共感覚については、古代東洋・日本精神を継承する巫女に見解を尋ねながら、その源流を探るほかないと考えるようになりました。先ほど「知覚の遍在」と書きましたが、これは「神の遍在」という点で東洋哲学、ひいては日本の巫女神道の精神に直結するものと考えます。

 実は私の母は、これまでの巫女の方々と同様、私の共感覚を嫌悪しておらず、母自身が「そろそろ大地震が来る」と言ったら大抵は来る、「三日後に眼鏡を掛けた女性が家の裏で亡くなる」と言ったら本当に亡くなるという、そういう特殊能力を持った人です。
 ただし、母は素粒子物理学や地球電磁気学を学んだわけでもなく、「何となく空気が大地震の匂いだ」、「人の死の気配がする」というような日本語で報告するので、周囲の我々としては、驚いて様子を見、実際に地震が来たのを見計らって、改めてその神通力の本物ぶりを知るというような、そういう名状しがたく苦々しい日々を送っているわけですが、神道的立場と物理学的立場を総合して物事を見る私としては、これは当然、母は私と同じように地磁気や電離層の変化を体感できていると考えるわけです。

 私にしてみれば、このような巫女や母は、科学以前の原始感覚や神道の発祥時の精神の保持者であると同時に、またいずれ現代科学が行き着く結論が「一足飛び」に見えている究極の科学者であるわけです。

 母が予測できる出来事のうち、ある時点から最も日数が遠いものは、現在のところは地震と人間・動物の死ですが(数日後〜十日後)、例えば、車で出かける当日の朝に母が「今日は出かけないほうがいい」と必死で主張した場合、通行予定だった場所で夕方に事故が起きるなどの事態も、これまでに何度も発生しており、強い共感覚を持つ私でさえ驚くことが多いです。
 よく考えてみれば、前者の地震予知のほうが現在から遠い未来予知であるにもかかわらず、私とて後者の事故の予知のほうが科学的に説明しにくい(すなわち、一般の五感しか持たない大多数の人々からはオカルト科学であると一蹴されるおそれがある)と感じるのですが、母が言うには、そこに差があると感じないらしいのであり、「差があるという発想もしたことがないから、自分は物理学や数学が苦手なんだろう」という自虐的な答えが返ってきたため、私は苦笑してしまいました。

 ともかくこれは、母が述べていることやその予知能力のほうが、科学的に正当である可能性があるわけです。共感覚や総合知覚には自信のある(と自分では思っている)私の脳と身体でさえ、実は「非科学を科学だと勘違いしている」意識領域にまだ没入している状態にあるのだと思い知らされた良い例です。私が長年、巫女の皆様のことを、熱狂的・祝祭的にではなく、あくまでも冷静に、アニミズム的な畏怖の対象として拝見し、観察させていただいている意味を、お分かりいただけるのではないかと自負しています。

 こういった、巫女の神懸り・託宣(現代の精神病理学では、転換性障害、身体化障害、憑依障害、解離性障害などと診断される)や、私の女性生体察知能力を共感覚として扱う際には、やや難しい点もあります。
 つまり、一般的に共感覚体験(音の色、味の音、色の匂いなど)は個別具体的、千差万別であり、同じ300ヘルツの音が、ある共感覚者には赤色に聞こえ、別の共感覚者には青色に聞こえるといった具合で、一人として同じ共感覚例はない、すなわち「正解」がないわけです。その中で、「女性の身体の色や音を察知して排卵を当てる」、「空気の味や匂いで地震を当てる」といった「正解」がなぜ生じるのかという問題です。
 しかし、これは極めて簡単なことで、300ヘルツの音が赤だというのは、幼少期に300ヘルツの音を聞いた際に偶然にも赤色のボールなどで遊んでいて脳裏に記憶が染みついたからで、その点のみは後天的・学習的ですが、そのような五感の混交を生み出す脳の機序は、全人間、全動物が共有している可能性があるということです。とりわけ幼少期には、皆そのような知覚未分化の脳を持っており、皆が共感覚者であるというのが、主流の学説です。

 ただし、「巫女的なるもの」に憧れてアルバイト巫女を勤めただけの女子学生がいくら共感覚に乏しくて、古来の社家が輩出している斎の巫女のほうがいくら私が思う通りの共感覚を有して現代を生きているとは言え、巫女的共感覚が本当に後者だけの専権事項であるのか、現在でも女性に普遍的な動物的能力である可能性はないのか、と考えてしまうのが私の性です。
 聖母マリア的・一神教的母性愛への憧れとは全く異なりますが、「日本」や「日本人」としての民族的自覚において普遍的であるような共感覚がうまく記述できれば、私は本望です。

 同様に、前述のような、ある種の神懸りの状態で自然現象の察知や女性の排卵の察知、各種の超数学的処理などができてしまう私の共感覚も、史書が記録したような男性や男神の普遍的動物的能力として探究しないわけにはいかない衝動に駆られます。男神といえども、つまりは古代日本人が実在の男性をモデルに生み出した存在であるのだから、斎の巫女の社家に残る八百万の神々の伝承や『記紀』などの古書それ自体もまた、科学論文と同様に扱わなければならないと考えます。

 簡単にと申し上げながら長くなりましたが、これにて私の自己紹介とします。巫女の皆様の舞や神降ろしの最中にどのような知覚と意識の変容が起きているかについては、目下私の最大の関心事です。
 何卒よろしくお願い申し上げます。