2015年02月09日

「ISIS(イスラム国)」の呼称論争について思うこと

 昨日もTwitterで簡単につぶやいたのだが、ここ二週間ほど、日本では(特にネット上やイスラム学界・国内のモスクでは)、「イスラム国」の呼称を「イスラム国」・「IS」・「ISIS」・「ISIL」・「DAIISH」などのうちのどれにするかで、かなりの論争が起きている。

 その中でも、「イスラム国」は圧倒的に不人気のようで、少なくともそれ以外の英語・アラビア語の略語で呼ぶべきだとする意見がほとんどである。日本政府は、すでに「ISIL」や「いわゆるイスラム国」と呼称することを明言している。

 エジプト出身のフィフィさんなどのタレントも、Twitterで、政府の言う通り「イスラム国」を「ISIL」に変えるよう結構厳しい口調で主張している。

 こうして、過激派テロ組織について、それこそ過激な呼称論争が日本人どうしで勃発しているわけだが、これらの呼称は結局、どれも「国」と言っているのであり、呼称の調整がどこまで日本国民の誤解・イスラム教差別の防止や対日テロ対策として有意で実効的な試みかは不明だと思う。

 そもそも、「IS〜」は「イスラム国」のことであり、「イスラム国」は「IS〜」のことなのだから、これは「言い換え」や「ニュアンスの変更」や「イスラム教差別の防止措置」ではなく、日本国内だけの「翻訳問題」や「略語問題」にすぎないのではないだろうか。

 これらの呼称の中で、「イスラム国」という訳語を一番問題に感じ、イスラム教差別だと思うのは、日本語の分かる我々だけ(日本人や、日本語の分かる外国人・イスラム教関係者・ISIS戦闘員だけ)である、という点が盲点になりすぎていて、いったいISISに腹を立てているのか日本人どうしで腹を立て合っているのか、何だか分からなくなってきた。

 元より、「イスラム国」と「イスラム国家・イスラム諸国」とを混同する日本人があまりに多すぎる(実際に混同しながら発言した被害者親族やコメンテーターがいる)という観点からも、呼称の調整必要論、訳語の廃止論が出ているのだとは思うが、よく考えてみれば、これは言葉のせいではないと思う。

 テレビやスマホで「イスラム国」という表記を初めて見たときに、「待てよ、そんな名前の国があったかな。イスラム国家ともイスラム諸国とも、何だか違うようだな。もしかして、そういう固有名詞を名乗る何らかの組織・集団かもしれない。調べてみよう」というくらいの注意力があったかなかったかの問題で、政府や世の中が呼称を変えたところで、呼称の変更自体に気づくのもまた、そういう注意力がある人だけなのだから、残念ながら、ほとんど不毛な議論ではないかとずっと思っている。

「ISIS」と「ISIL」の違いは、最後が「al-Sham」か「the Levant」かの違いだが、私は一応、ブログでは、アメリカ政府や日本政府の「ISIL」ではなく、CNNなどの海外メディアの「ISIS」を使うことにしている。

 また、「DAIISH」という語には、ISISが嫌悪するニュアンスが含まれており、実際にISIS側のメディア「フルカーン」もそう呼ぶなと反論しているが、どうやら組織の総意というわけではなく、単なる一部の戦闘員の好みの問題のようで、「ISIS」・「ISIL」の穏健なニュアンスを大きく覆すには至っていないようである。

 従って、

(1) 日本国内での呼称は、「イスラム国」・「ISIS」・「ISIL」・「DAIISH」のいずれであろうが、どの過激派組織を指しているか、そして該当組織が国際犯罪組織であることが、国民の「知る権利」の範囲で分かっていればよい。

(2) 「イスラム国」と「イスラム国家・イスラム諸国」との区別が付かないのは、区別が付かない人自身の問題であり、日本の反政府系マスコミがISISの印象を良くし政府を批判するための策略として「イスラム国」の呼称を頑なに変えていないのだという説は、(そもそもこれが国内の翻訳問題や略語問題で、印象操作自体が不可能である以上、)現時点では信憑性に欠けるようだ。

 私が現在感じるところとしては、以上のようなことだ。

 ところで、かつて私が学んだ山内昌之先生などは、「イスラム国ではない、イスラーム国だ」と怒っていらっしゃるかもしれない。
posted by 岩崎純一 at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会論・宗教論
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