2016年04月28日

我々一人一人の人間に宿命づけられた生涯の仕事について(私に課せられた哲学的共同体・理想郷の追求)

目次
■序文
■各「岩崎純一さんの会」の栄枯盛衰
■喜びの背後にある孤独感との闘い
■永劫回帰する生への「運命愛」を共有できる共同体を目指して
■宗教化を自分で阻止する自制機構という知性の必要性



■序文

 今回書くことは、今年中に出ることになっている日本大学藝術学部の機関誌「日藝ライブラリー」の松原寛(日藝創設者・哲学者)特集や、畑中純(漫画家・版画家)についての評論集に詳しく書いたので、そちらをご覧いただければ嬉しいが、簡単に言えば、共同体論・理想郷論や総合芸術論・総合文化論をテーマとして書いている。
 ブログでは、もっと私自身に惹きつけて、概要を書いておきたい。

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宮沢賢治の「羅須地人協会」


■各「岩崎純一さんの会」の栄枯盛衰

 ここ最近は、我々一人一人の人間に宿命づけられた生涯の仕事というものがあるかどうかというテーマが、大変気になっている。もっと言えば、全身全霊、命を賭けてでも自分はこれをやりたいという仕事があるかということである。
 こう書くと、まるでいわゆる「社畜」としての男の仕事論・労働論のようだが、ここではそんな俗的で生ぬるいものではなく、ニーチェが言うところの「運命愛」的に愛し続けざるを得ないような、永劫回帰する生における自分の仕事(死ぬまで、いや、死んでも就業し続けたい仕事)のことである。人生の中に仕事があるのではなく、「我々人間にとっての最大の仕事は人生である」と言うときの、仕事のことであり、しかしながらその人の「力への意志」にしか務まらないような、唯一無二の仕事のことである。
 その一つが、私にとっては、おそらく「総合芸術的・精神的・哲学的共同体の追求(現実社会か芸術上かを問わず)」や「その背後にある普遍的構造の哲学的探究」なのだろうと考えている。最近切に思うのは、私は、今私が評論を書いている松原寛、畑中純、宮沢賢治といった哲学者や芸術家に私淑し、氏らの芸術精神や共同体理念、ひいては文化観・国家観を継承すべきなのだろう(継承したい)ということである。

続 岩崎純一さんに会いたい会
続 岩崎純一さんに会いたい会


 私自身にとって最も名称が衝撃的だった(最初は照れくさかったとも言える)「岩崎純一さんに会いたい会」が開催されたのは、2012年だった。これは、女子大生が大学の担当教授に掛け合って、大学の特別講座として開催された。この学生は、当初から「自分は自閉症的な強い感受性を持っていて、岩崎さんのサイト・文章・哲学に出会い、救われたので、会いたい会の開催を決意した」旨を送ってきた。そもそも、初回のメールを送ってくる前から、徹底して私の文章を読んでおり、初回のメールの時点で「会いたい会」の開催を決意していた。
 後日、この女子大生に影響されて私のサイトを片っ端から熟読した、大学や職場を休みがちな別の女子大生・OL、そして私に似た感覚・哲学世界を持つ息子さん・娘さんがいる主婦が、「続 岩崎純一さんに会いたい会」を作った。これも、「会いたい会」と同じように、大学でチラシが貼り出されたり配られたりした。ただし、学究的な客観性を持たせるために、学生が大学の授業に無理矢理ねじ込もうと担当教授に懇願したところ、担当教授が呆れ果てて取り合わなくなったため、二回目からは大学を離れて単独サークル化した。
 しかし、ここでもこれらの女性たちはそれぞれ、「私はとても感受性が強く、学校生活・職場での苦しみや社会情勢の悪化、事件や事故や天災のニュースの目撃によって、簡単に泣いたり、鬱状態に陥ったりするが、岩崎さんの文章・物事のとらえ方を読むと疲労が減るのであり、ありがとうの気持ちを言いたく思い、自分の手で会いたい会を続けたいと考えた」、「私が息子の発達障害や共感覚などの感性をバカにして息子を虐待せずに済んだのは、岩崎さんのサイトがあったから」と連絡してきた。無論、大変嬉しかったが、同時に、あんなに物静かでおとなしい女性たちが、なりふり構わずこんなタイトルで出会ったばかりの赤の他人の応援サークルを立ち上げるものなのだと驚きもした。

岩崎純一さんのお話を聴く会
岩崎純一さんのお話を聴く会


「岩崎純一さんのお話を聴く会」も、また別の大学を休みがちな女子大生が作った。そこにまた、OLや主婦が加わった。ここでも、社交不安障害や鬱状態の女性が集合した。中には、雨の中を泣きながら裸足でやって来た女性もいた。「岩崎純一さんとの合同勉強会」も、実状は全く同じだ。
 このような経緯の中、私は、いわゆる世界保健機関(WHO)のICD第5章やアメリカ精神医学会(APA)のDSMなど、日本も採用している精神障害リストに記載されている精神障害のほぼ全てについて、それぞれの障害・症状を抱える人々、とりわけ発達障害・言語障害の男児・成人男性と、トラウマ・PTSD・社交不安障害・恐怖症・鬱などを抱える女性・子供たちに出会うことができた。

岩崎純一さんとの合同勉強会
岩崎純一さんとの合同勉強会


 こういうことを書くと必ず、文章の奥の真意を読み取らずに邪推する人が出てくるので、一応書いておくが、私はこれらの女性たちのサークルの発足・変遷に一切関わったことがない。ただし、少しは邪推を許すとすれば、色々な人間関係や恋愛模様は栄枯盛衰している。だが、それは一般の職場の人間関係と同じで、当然のことである。
 サークルメンバーは、一部ずつが重なっており、次第に会の場所が、そのメンバーたちが居住する女子寮や女子シェアハウスに移動するようになった。そのうち、私がいなくても開催されるようになった。とりわけ、メンバーが寮生の半数を占める女子寮の中に、「続 会いたい会」などの本部が置かれることになった。

●シェアハウス型女性寮との連携、および入居女性による特殊症状・知覚の解説の分担について
https://iwasakijunichi.net/women.html

 精神の居場所と物理的な開催場所との関係は、かなり難しいが、こればかりは物理的・経済的制約を免れない。そういうことになったおかげで(せいで)、男性の私はせいぜい寮の共用スペースにしか入れないし、寮のスタッフと外で談義するという段取りになってきた。私は今のところ、例えば女子寮の実務上は、サイトシステムを提供し、彼女たちが好きに活動できるようにはしている。
 私をめぐる動きは、ずっとこのような状態である。私が私である限り、そして生き方を変えない限り、このような動きはずっと続くだろう。


■喜びの背後にある孤独感との闘い

 こうしてみると、私は私自身の哲学的・精神的・社会的役割というものを考えざるを得ない。ほんの一個人・一私人としてサイトを立ち上げている人間に連絡をとった大学を休みがちな女子学生が、大学内にサークルを結成して先生を困らせたり、社会人女子シェアハウスが、一棟ごとその私人の応援サークルを結成した例が、日本にどれくらいあるかを調べたが、全く同じ例は今のところはないようである。
 それぞれが別個に立ち上がっているサークルであるにもかかわらず、私の周囲に最後まで残っている女性・子供たちは、言うこと為すことや、悩み苦しみの傾向が似通っている。ところが、それを現代日本社会全体に照らした場合、驚くほど少数派だ。私が職場や街で見かけたことがまるでない人たちである。ということは、この傾向は、女性・子供たちの側が生み出しているのではなく、私の言説や哲学やサイトの雰囲気のほうが生み出している現象であって、そのような人々を集めやすい何かを私が醸し出しているということに他ならないわけである。
 人は、自分(自己)に対して向けられる他人(他己)の眼差しによって、自分に求められている生涯の仕事を知ることができる。それが会社員や医者や弁護士である場合も短期労働者・アルバイトである場合も、どんな仕事でも立派であるし、私の場合は、学問の原点からしてニーチェ哲学・実存哲学・東洋哲学・大乗仏教哲学や日本の文化論や政体論である。今でも私の仕事はこれだと本気で思っている。
 人にはそれぞれ、社会に対して醸し出している空気や雰囲気というものがあるのであって、いかなる言動をしたところで、その空気や雰囲気を外れる人格・風格・知性を社会に感じさせることはできないし、それらを外れる人生を歩むこともできない。私自身もまた、その私自身の空気において人生を展開・謳歌するほかないのだ。
 私自身の約30年間の人生を振り返ってみるに、そもそも「私の本質」として、心に重傷を負った女性・子供たちによって前出のような精神的コミュニティが形成されるように最初から宿命づけられているというほかないのだろう。
 見てきた通り、私にまつわる応援サークルを立ち上げているのは、全て女性である。彼女たちが私をめぐって、大学や職場やNPOや家庭を離れた別の共同体を組織しようとしているということは、私がサイトやブログや彼女たちとの談義で展開している共同体概念や哲学(彼女たちが言うに、「心の交流のあり方」)が現代日本社会に存在していないか、存在自体が極めて困難であることを示しているのだし、そのことを女性の生理的な本能と直観が言っているのだから、ある意味では、私自身が私自身に恐怖せざるを得ない一方で、孤独をも感じざるを得ない。
 あるいは、私のサイト・文章・哲学を通じて、どうしても既存の社会構造、医者・患者関係、NPO、家族・親族関係においては見られないタイプのコミュニティが形成されているということは、医者やNPOや両親・親戚、そして時代や社会や大学や職場が、これらの人たちに対して、私が接しているような方法では接していないということを意味している。
 私の元に来るご相談は、女性たちが述べるに、彼女たちの大学の担当教授や主治医たる精神科医やカウンセラーには本質的・哲学的に理解してもらえなかったものばかりだ。例えば、「精神科医やNPO法人の職員から性的いやがらせを受けてから、男性が触った文具や電車の吊り革を持てなくなりました」、「発達障害の妹がいて、姉である私は結婚しましたが、妹への罪悪感に生きており、幸せとは何かを考え直すために離婚しました」、「両親から受けたトラウマで、定期的に住まいを変えています」などだ。
 そうであるから、私がこれらの女性たちを病院やNPOや両親の元に送り返すことほど愚かな「時代と社会への追従」はないわけで、私は医者や心理学者とは全く異なる、哲学上の役割を期待されていることが分かる。こういう相談を受けて、瞬時に直観的に反応の仕方と回答が見えない人間や、このような相談に総合芸術的な美を覚えない人間には、おそらく一生涯これらの相談に答えることはできない。
 以前、DV・性被害女性を救っているというNPO法人の女性幹部と話をしたことがあるが、「被害女性がいなくなったら、私たちは終わりだ」という旨のボロを吐かれたことがある。つまりは、DV被害や性被害の生産は、NPOの女性スタッフの元気の源であり、法人存続の原動力なのだ。本気で加害者を叩こうとはしていない。ちなみに私は、仕事上、会社、社団、財団、NPO、特殊法人などの各法人の根拠法令を読んでいるが、法令自体の瑕疵という意味では、実はNPOが最も、知識を持たない営利目的の企業戦士女性が立ち上げて運営しやすいからくりになっている法人組織である。私が関わるべき分野ではないと考えている。


■永劫回帰する生への「運命愛」を共有できる共同体を目指して

 一人の人間が一生のうちにできる仕事の量(金銭的対価を得る意味での労働とは限らない)は有限だが、もし神か仏(こう書くと宗教的な意味合いが濃くなるので、絶対的・普遍的一者としておく)によってその人に宿命づけられている仕事というものがあり、私にもそれがあるとするならば、私に宿命づけられた仕事は、私の言説それ自体に安心を覚えると述べている前述の人たちの気持ちを愛し、守ることによって、私自身の永劫回帰する生への「運命愛(宿命愛)」を確認し、相談者の「運命愛」に答えるということではないかと思う。
 ただし、残念なことに、外国勢力から守るのでも何でもなく、日本人(例えば、かかりつけの主治医の精神医学観や、既存のNPO法人や、虐待加害者たる両親)から守るという実務・実践的行動に出なければならないところは、全く滑稽と言うほかないが。
「愛する」、「守る」と言っても、恋愛の意味から家族愛、友情の意味まで様々だが、ここでは例えば、かのショーペンハウエルが述べるところの「意志」によって突き動かされているものとしての、愛の気持ちのことだ。ある一人の人間の自由意志による行動に見えるものは、同時に、背後にある普遍的価値によって自動的に突き動かされている行動でなければならない。
 クリスチャンでもないのにクリスチャンを気取った言い方に聞こえるかもしれないし、私自身は大学でニーチェ哲学・実存哲学・東洋哲学・大乗仏教哲学をやった身だが、ここでは、致し方なく「運命愛(宿命愛)」と呼んでみた。「運命愛」の語は、ニーチェも使っているので、とりあえず、わざとらしく変えて「宿命愛」としてみよう。
 この「宿命愛」への強烈な関心は、東京大学を途中で捨てることを決めた時にはすでにあったが、今、この「宿命愛」に基づく共同体の現代日本社会における実践の可能性について考え、そのような共同体を愛することを許される機会を、日本大学藝術学部のドストエフスキー研究者・図書館長の清水正・文芸学科教授から二つの原稿の執筆依頼という形で頂き、書いているところである。今度は、学生が私の応援サークルを学内に立ち上げて先生を困らせているのではなく、先生のほうから「岩崎よ、君自身が君の哲学や理想郷論を語ってみよ」と宿題を出されたのだ。私はそうとらえている。
 一つは、私の周囲に形成されていたり私が目指している共同体が、(一見するとただの成人漫画家に思える)畑中純が目指したそれに類似している可能性を踏まえて、執筆している。畑中純も尊敬していた宮沢賢治が「羅須地人協会」という現実の農村共同体や「イーハトーブ」という文芸上の理想郷を作り上げたように、各「岩崎純一さん〜会」シリーズやそれらを合わせた女子寮内共同体は、おそらく私に宮沢賢治のような原始共同体的理想郷の考案者としての役割を期待していることになるだろうし、そう言われなくても、私はそのような理想郷を目指している。
 もう一つは、日本大学藝術学部(日藝)を創設した松原寛(哲学者・クリスチャン)について、特にそのキリスト教観や共同体観を軸に、執筆している。松原寛は、日藝を発展させた後、天理教に入信してみたり、戦争賛美に走ったりするのだが、一貫して「キリスト教の日本化」や「日本的宗教心に基づく共同体理念」を模索しており、これがまさに「岩崎純一研究会」を掲げる女性たちや私自身が、今後NPOのような法人組織でも宗教組織でもない、宮沢賢治的な芸術・哲学・精神共同体の境地を目指すためのよい刺激になると感じている。


■宗教化を自分で阻止する自制機構という知性の必要性

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武者小路実篤の「新しき村」

 畑中純も松原寛も、自身の文芸や哲学が目指す共同体が安易な宗教的共同体に陥らないように、常に気を張り詰めており、あらゆる既存の共同体の問題点を研究している。このあたりの危機感が私に似ているので、大変に助かる。
 二人が著作中に挙げている、「やや感心はできるもののの、最終的には棄却せざるを得ないカルト的な理想郷概念」を列挙すると、武者小路実篤の「新しき村」、有島武郎の「有島農場」、西田天香の「一燈園」、山岸巳代蔵の「幸福会ヤマギシ会」、尾崎増太郎の「心境部落」などがある。今でこそ、後半三つが宗教的であるという意見が多いようだが、当時は武者小路実篤の「新しき村」が最もカルト的で危なかったというのは、畑中純の言う通りである。松原寛は宮沢賢治を挙げていないが、畑中純も私と同じように、最終的には宮沢賢治の共同体観に最も強いシンパシーを覚えている。
 理想郷観について私は、畑中純論の中では、古今東西のユートピア・理想郷概念を比較検討した上で、「武者小路実篤や畑中純ら芸術家によって、日本国に対する日本的・神話的共同体の死守行動としての理想郷囲い込みや理想郷文芸創作が行われたのは、歴史的必然である」旨、「国家が高度成長期に推し進めてきたグリーンピア・かんぽの宿・リゾート・テーマパークなどの巨大ハコモノ建設のほうが、カルト宗教そのものでないと言える理由はどこにもない」旨、そして、「最終的には畑中純や宮沢賢治の日本的共同体概念や人間観・神話観・民俗観以外に日本が日本を維持する道はない」旨を書いた。
 また、松原寛論においてもほとんど同じことを書いたが、「日藝と言えば、芸能人養成施設たる日本大学藝術学部の略語のように思われているが、本来は日本芸術の略語であってもおかしくはなく、松原寛の総合芸術・総合文化共同体建設の野望の真意を汲み取るべきである」旨を書いた。
 昨今は、自衛隊や米軍基地をめぐって安全保障問題が取り沙汰されているが、前出のように、私の元には、国内の人間が敵(児童虐待の加害者など)であるような相談が来ているのだから、私自身は基本的に軍事的保守主義ではなく文化保守主義的であるとしか言えない。男は永遠に兵士であって、敵を討ち続けなければならないことは私も否定しないが、その敵が国内にいる以上、日本国民全体を守る意志と大義が生じるはずもない。
 そうとなれば私は、前出の会を結成している女性たちに対して、「自分たちが現代日本社会の様々な事情(職場・家庭環境を含む)から受けたトラウマへの反骨精神が、日本的神話・民話の世界、原始的共同体概念、宮沢賢治のような悪魔的なほどに心優しい共同体概念に直結するようなあり方」において、岩崎純一に関する会を運営するように助言することを、仕事とするのが筋だろう。
(ここで、私と同じく哲学をやった人間なら、私の実存が私の本質に先立つかどうかを追究したくなったり、これらの女性たちや私の虚無がカミュ的な不条理の甘受であるのかサルトル的なアンガージュマン・社会参画であるのかを知りたくなるだろうが、これについては、後日機会があれば書きたい。)
「社会や街に出て出会えるのは、社会や街に出ている人々のみである(社会に出ろと人に助言する人の短絡的な価値観から超然として、私は社会や街の間隙を突き続ける人生を送りたい)」という大学時代からの私の信念は、こういった秘密結社的女性サークルメンバーによって、見破られ、裏付けられていると言えそうだ。
 そのような時代や社会の「よどみ」が、一個人・一私人としてサイトの運営を始めた私の元に(しかも、最初はサイト・ブログに表現された私の哲学への接触をきっかけに)なだれ込んでいるという時代と社会の深層構造それ自体を哲学的に探究し続けることが、私の仕事なのだろう。
 この連休中は、新花巻の宮沢賢治記念館などを訪れるが、私の今後の理想郷・共同体概念を熟考する機会としたく思う。
「続 岩崎純一さんに会いたい会」の中には、巨大なアウトサイダー・アートと言える高知県の「沢田マンション」に見学に言った女性がいる。沢田マンションとは、ウィキペディアにも載っているが、ある夫婦が自力で(非合法的にだが)建てたマンションで、今や名物化しており、かえって入居者どうしが強固な精神的連帯と防災意識とを有している一つの理想郷である。日本人が忘れかけたものがここには沢山あると、私も感じている。
 それで私も、個人が(物理的か芸術上かを問わず)建設した共同体・理想郷を色々と勉強してみており、今回、突然かつ人生で初めて、マンガ内に描かれた理想郷の評論などに挑戦したというわけだ。そして、結局のところこの作業は、私自身が造ろうとしていたり、私の周囲の方々が造っている私にまつわる共同体・理想郷のあり方を、私に考えさせる結果となった。


■関連ブログ記事

●非公開シェルター型女性シェアハウスとのコンテンツ連携について
http://iwasaki-j.sblo.jp/article/175104249.html


■画像出典

●羅須地人協会
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%85%E9%A0%88%E5%9C%B0%E4%BA%BA%E5%8D%94%E4%BC%9A

●新しき村
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%8D%E6%9D%91
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