2017年07月30日

『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(5) 家系の遺伝子と巫女の神託能力・共感覚との関係

家系の遺伝子と巫女の神託能力・共感覚との関係
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/
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巫女神道
吉備の斎の巫女 --- 2012年9月17日

 岩崎様、自己紹介をありがとうございます。他の新しい巫女たちにも伝わったのではないかと思います。
 ネットに文章を掲載できる巫女は限られますが、なるべく色々なお話をさせていただければと思います。

 人間は、自分が持つ知覚能力が、自分が生まれた家系や生育環境に影響されるかどうかですが、私もこの点に同様に関心を抱いています。
 よくアルバイト巫女さんたちの面倒を見ますが、平時は普通の女子大生や女子高生である彼女たちに、神憑りして神託することがどういうことかを説明しても、ほとんどの場合は、まずわかりませんし、わからないだろうということが、こちらから見てすぐにわかります。巫女舞と神降ろしを伝授しようとして身につく女性であるかどうかが、その女性の醸している表情と身体を見てすぐにわかります。
 ただし、中には、この女性は斎の巫女の性質だということがこちらから見てわかる女性も、稀にいらっしゃいます。そういう女性は、私たちと神道上の知識が異なるだけで、私の見方ではすでに斎の巫女と言ってよいと思っています。

 私の妹や従姉妹たちは2〜5歳くらいには神託能力を示し、13・14歳頃には社家の儀式を担う巫女になっていきます。彼女たちも成長過程で、私と同じように、「声の色が紫に匂う」、「神託の味が赤に聞こえる」といった共感覚表現を発することがあります。
 ただ、それには、先祖代々の遺伝子から生育環境までが大いに影響しているのは確かだと思います。私の家系以外の巫女の皆様についても、その神懸り体質や知覚能力には、最初からその素養があったり、社家に生まれたことが影響しているということは考えられます。
 岩崎様のご先祖における、教育者からの近衛兵や陸軍将校の輩出、お母様をはじめとする女系の方々の事実上の託宣能力、災害予報能力、岩崎様の様々な共感覚や学問についての知識を拝見しましても、やはり岩崎様も家系の遺伝子を継がれたところはあるかと思います。

 それから、ここからは私の実感で、神道の外の方にはわからないと思いますが(もしかしたら岩崎様はそういう体感をお持ちかもしれませんが)、吉備岡山の古墳(造山古墳、作山古墳など)や遺跡(楯築遺跡、熊山遺跡など)、社家に残る神器(神剣、神鏡、神典など)、神座・磐座、神社や遺跡の形式などは、総じて大和奈良のもの、現皇統のものよりも古かったり、そこから逸脱していたりしますから、幼い頃から視覚的に目にするものがそうである以上、五感もよりラディカルで鋭敏な五感になっているのだと感じています。

 岩崎様がお持ちの、自然現象の察知能力や女性の月の周期の察知能力は、私の家系の男衆ですと、修験者の一部がお持ちであることを確認しています。


つくりつくり姫 --- 2012年9月18日

 私も、巫女家系の神懸り能力が一般女性の神懸り能力を上回っているのかが気になって生きては来ましたが、いずれにしても一般女性の神懸り実験などできるはずもない以上、うかつなことも言えないのが現状です。
 ただそれでも、一般参拝者の女性の中から巫女的素養があってご神託を授かりそうな女性を探して抜擢する勇気は、私には生じないところです。それに、処女懐胎神話などとの関係から、処女以外がさわれないものがあり、抜擢するとしても、確実にこちらにそれが確信できる(体で神道感覚を覚えてもらえそうな)中学生以下の女子になります。

 私の共感覚は、神託の言葉に色が付いたり匂いが付いたりして見えたり、磐座から音の帯が出ていてそれをとらえて託宣したり、といった例になりますが、そのような知覚を巷で「共感覚」と呼んでいると知ったのは岩崎様の著書やサイトからですので、逆に神道の外の言葉を得ることができて、ありたがく思います。


神代の巫女 --- 2012年9月17日

 私も、神懸り、神託能力には家系が影響しているとは思いますし、神道の知識の面と巫女能力の出現率の面では、一般の女性とはとても差が大きいとは思いますが、時々、この女性は私たちと同じ「空気」をしている、斎の巫女である、とわかる女性には出会うことがあります。
 ただ、そのような女性は、それが巫女気質である、神道精神である、などと理解しているかというと、まずそうではないでしょうし、ごく普通に神社参拝(神道)、お墓参り(仏教)、クリスマス会(キリスト教)などの年中行事をして生活していらっしゃるのだと思います。

 余談なのですが、巫女は、男女雇用機会均等法の適用からは例外的に外されているので、女性限定での使用が許されているのですが、労働基準法は適用されるので、妹や従妹の巫女舞などは、本人が舞いたいと思っていても、長時間・深夜労働にならないように、親族といえども注意しないといけないです。本来はそういう問題ではないのですが、私も中学・高校生のとき、困りました。
 色々な教育問題や法律と向き合っていると、いくら家の内部で身内だけで教えていても、継承が難しいケースが今後はもっと出てくると考えています。


岩崎純一 --- 2012年9月18日

 ご自身の社家に遺る神剣などを見てラディカルな五感を体得するところからは、さすがに私には、にわかには実感が難しいです。

 私の家系自体は、曹洞宗の家ですから、仏教色が濃いですが、私個人は「日本的実存」を標榜していて、日本の神道・アニミズムと、仏教哲学(特に中観、唯識、曹洞禅)と、ニーチェ哲学的な絶対神の顛倒による汎神論・神の遍在(これが東大時代の研究内容です)とのハイブリッド哲学を目指しています。細かく見れば、臨済禅よりは曹洞禅に傾いているあたりは、家系の影響かと思います。
 ちなみに、すでにご存知かと思いますが、近衛兵・陸軍将校時代の我が家系のどこを見ても「岩崎」の苗字は出てきません。妻問婚に近い婿入りで、祖父・曾祖父の苗字が全て異なり、母系を辿るとうまくいきます。ご参照下さい。

 皆様のような巫女の方々の共感覚の例を知ることができるのは、大変ありがたいことです。
 そもそも、共感覚の保持率(性差)については、基本的には誰が調べても、女性のほうがかなり高く出るので、私はそういったところから、家系の優劣の問題を超えて、古代からある動物的感覚の性差などを観察したいのですが、「女性は皆、潜在的に共感覚や託宣能力の保持者である」とする私の見方は、まだ早計にすぎ、一般的にはレトリックだと映るのかもしれません。

 紹介のところで書いた、自然現象の察知能力や女性の月の周期の察知能力は、サイト・ブログでもいくらでも書いてきたのですが、発達障害の男児にはかなりの確率で見つかります。修験者にもそれが確認できるとなると、修験道・山岳信仰が、男性の脳の機能分化前の(もっと言えば、受精卵時代の)根源的記憶を呼び戻している可能性があると考えます。
 私が出会った自閉症の男児の中には、着衣の女性を見て、明らかに乳ガンを言い当てていると思われる子がいました。言葉で言い当てると言うよりは、その女性を指差しながら「わーわー」などのたどたどしい擬音語で叫ぶのみですが、女性の体表(皮膚、髪、口腔など)から出る化学物質の変化を探知していると考えられます。

 巫女文化と現行法とが折り合わないのは、どうにも致し方ないところかと、心中お察しいたします。巫女舞・神託は、日本国憲法が規定している、あるいは、マックス・ウェーバーやマルクスの言う「労働」でさえないとは思いますが、日本とて今は現代西洋型の法治国家、立憲君主制国家ですので、何ともしがたいところかと思います。


吉備の斎の巫女 --- 2012年9月19日

 修験道の修行によって男性の発達障害(発達する前の認知世界)が呼び戻されるという見方は、巫女の神懸りにも適用できると思います。逆に、発達障害者が山登りやアニマルセラピーに参加すると、精神が落ち着いたり多動が緩和されたりするようです。
 ただし、岩崎様もそうですが、修験者は、自然現象や女性の月の周期が察知できるようになっても、言語活動や知能が減退することはないので、その点だけは、異なるプロセスと理解しています。


神代の巫女 --- 2012年9月21日

 私も同じような考えですが、自分のことを、そういう感覚に家系的に優れた女性というよりは、女性の潜在能力のストッパーを外す能力者だと自分では思っています。

 かの折口信夫と同様、私も、「女性には、巫女の女性もいる」のではなく「古来、女性は巫女であった」と思っておりますが、皇統安定以前の神託文化を継承する私(特に、神が降りている最中の女神としての私)から見ますと、例えば、大和の前方後円墳からして新時代のものであると感じます。前方後円墳は、吉備で発祥して大和へと拡大するのですが、小さい頃から学んでいる神懸りの光景を頭に浮かべるには、吉備の古墳の空気を浴びないと見えないことがあります。
 このように、余計なものを目にして邪念が入ると、神託を得にくいというような体験はあります。これは明らかに、家系や生まれた土地から受け継いだ固定観念だと思います。

 こういう古墳や神社などを、最近ではパワースポットと呼ぶそうですが。ただし、それも私たちが本気になれば、どこでもパワースポットにはなりますし、斎女としての身体は小さい頃からずっと持っていますので、ここまで来ましたら、私が都会に出たり電車に乗ったりしても共感覚や託宣能力を失うことはないかと思っております。今ではスマホもします。
 私は幼い頃に、イナジナリーフレンドを創造して会話していましたが(周囲には独り言に聞こえる)、母や祖母も同じような経験をしてきているほか、イマジナリーフレンドの名前が明らかにその頃に母や祖母から学んだ神々の名前をアレンジしたものだったりしたため、私をおかしく思う親族はほとんどいませんでした。そのことも、私の神託の力を伸ばしてくれたと思います。


つくりつくり姫 --- 2012年9月22日

 人間の感覚能力にとって、家柄の影響がまったくないとは言えないのでしょうね。ただ、いくら身内でも、巫女としての修行が何もなければ、絶対に巫女になれないことも確かです。

 そういえば、内掌典については、私たちの家系よりも比較的古くから地方の一般女性の抜擢をしているのは、どういう評価基準か不思議です。巫女舞テストや神懸りテストをすると言っても、難しい話です。
 私としては、岩崎様の「女性は皆、潜在的に〜」の部分は、根本的に正しい可能性もあるとは思うのですが、今のところ、「女性は」の主語を「巫女体質に生まれた女性は」や「巫女の家に生まれた女性は」とする以外に勇気が出ません。


吉備の斎の巫女 --- 2012年9月23日

 近衛兵の関連ですが、岩崎様が岡山の歩兵部隊の調査ノートでお書きになっているように(【注】:現在はこの調査資料をサイトに掲載中。岩崎による追記:2016年5月23日)、近衛兵を帝国政府・大本営が地方の男子の中から指名するときは、心身屈強、文武両道だけでなく、今は笑い話ですが、神懸り的勝利を誘発する可能性のある家系かどうか、昭和天皇に霊験・神験をもたらすことのできる血統かどうかも見られていて、吉備地方へは、大和、筑紫、出雲地方以上の優遇措置がとられる形で、名家の男子が近衛兵に採られています。
 ただし、吉備津彦命のように、あくまでも天皇・朝廷側からの論理に合っていて利用しやすい人物や家系です。私たちの巫女舞・神託を巫女禁断令(明治6年)で禁止したのに、戦争では苦しいときの神頼みだったのが帝国政府のようですし、岩崎様のお家もそのような白羽の矢が立ったと思います。いわゆる「憑きもの筋」という言葉がありますが、岩崎様のお家はその逆で、天皇に良い神験をもたらす家系と見られた、ということでしょう。

 このあたりの歴史は、私たちだけでなく、うちの一族の神職・男衆も比較的よく共有しているので、小さい頃から聞かされてきました。共感覚とは関係のない話になりましたが、要するに、当時の政府は、近衛兵のような天皇の親衛隊には、神懸った家系の神懸った頭脳と身体を持つとされる男子を率先して登用したのは確かです。

 私たち吉備の社家は、国から全く手を出されなかったり、優遇されたり、極端な扱われ方だったようですが、これは現在の皇族との関係性にもよります。
 そもそも、国学の発展で私たち巫女の舞・神懸り・憑依・託宣そのものが邪教とされるようになり、明治に入った時点で、新政府が巫女禁断令を出すなどして、それらが禁止され、政府側からの圧力は、政府がGHQの神道指令に屈した戦後にまで及びました。
 私たちの家は、表看板は国家神道に寄り添うふりをして、奥で秘儀として巫女舞や託宣を続けていましたので、巫女神道の根幹には影響はほとんど出ていません。ただ、そういう政府の歪んだ神道観の影響と、現在の皇統と各地の巫女神道の仲介役だった伯家神道の没落の影響もあり、完全に現在の皇統と縁を切って(血縁は元からありませんが、神道上の交流の機会さえも失って)今日を迎えているのです。池田動物園など皇室に関係の深い場所についても、私たち社家どうしの交流で一緒に訪れたくらいで、神宮祭主でいらっしゃる池田厚子様との御縁はございません。

 もともと、伯家神道が伝承していた(今も密かに伝承されていますが)、天皇が天照大神と一体になる儀式自体が形骸化したあたりから、神道に多分に仏教・儒教・道教を取り入れた吉田神道は、江戸幕府の寺院諸法度による後ろ盾を得て、伯家神道の上位に君臨するようになっていました。
 皇統・摂家・公家も、次々と門跡に出家して仏教色を帯び、幕府が倒れてからは、吉備・播磨の神別系の巫女神道のような原始神道は、皇統とは無関係に存続するようになりました。おそらく、皇別系の巫女神道でさえ、それに近い状況と思います。


岩崎純一 --- 2012年9月24日

 結局、この惨敗ぶりですし、戦争に勝てばよいというようなものではないとは思いますが、大本営の目、神道観は誤っていたということだと思います。神道指令も、それはそれでまた、日本の神道の奥義を理解していたとは思えませんけれども。

 伯家神道としては、天皇と天照大神が一体化する神事が明治天皇で終わった時点で、政府からは用なしとされたも同然でしょうし、大正天皇以降の天皇を「天皇」と称しがたいと思います。これは、帝国憲法において統治権を総攬する元首とされ、現憲法において日本国と日本国民統合の象徴とされる政治的天皇の問題ではなく、天皇存在の原理としてそうだと考えます。
 このこと(大正天皇以降の天皇の神道上の正当性への疑念)をかなり強硬に主張している吉備ゆかりの斎の巫女(「姫」姓)の家系が存在するのをご存知かと思いますが、それはまた後日にお話できればと思います。

 いずれにせよ、近衛兵の出身家系の問題については、吉備の神別系の巫女神道や伯家神道の側からは、「もはや天照大神の神託を受けない天皇が総攬する日本国に神懸り的勝利を誘発する吉備の武人家系など、あるはずがないではないか」という反発的なとらえ方になるのも、致し方ないかもしれません。むろんそれは、近衛兵の血を引く私にとってはありがたいことですが、せっかくご先祖様が天皇陛下をお守り申し上げたのに、政府と軍部の神道観がこんなことでは、という思いも私にはあります。
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