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乙武洋匡氏、他の先天性四肢欠損症者、コタール症候群女性(胴体・生殖器欠落妄想)の身体感覚・性衝動・生き方の比較・考察
(岩崎純一 at 03/26 20:35)
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 乙武洋匡氏の不倫騒動とショーンK氏の学歴詐称問題とで巷が忙しいが、今のところ、私の周囲でもネット上でも、女性においては「ショーンK氏は許すけれど、乙武氏は許さない」という意見が多いようである。こういうとき私は、「なぜそういう意見になるのか」と考えるよりも前に、「女性の第一直観は大抵当たっている」と考えるようにしている。むしろ、当たっていそうな恐怖を覚える。そう考えてみれば、色々と考察が深まるというものである。

 ところで、国民の本音が最もよく表れるネット上の書き込みによれば、国民(男女問わず)が一番知りたがっているのは、不倫の善悪よりは、乙武氏の教育者・父親・障害者の人権活動家としての資質の適合性の有無であり、さらにそれ以上に、(個々人で勝手に答えを夢想しながら)「乙武氏はどうやって服を脱いでベッドに上がったのか」とか、「電動車椅子からは当然降りたのだろう」とか、「乙武氏と相手の女性陣は、性行為の際に何をどうしてどうなったのか」ということのようである。

 そこで、以下の図や資料を用いながら、「目に見えないからこそ勘違いしやすい、障害者の身体感覚・性衝動・生き方」について考えてみたい。

ASURA_Kohfukuji.jpgリンク画像カメラ

↑ 今回比較する、乙武洋匡氏(先天性四肢欠損症)と妄想性障害女性(胴体・生殖器欠落妄想)の「事実上の」身体感覚の模式図

乙武洋匡氏の医学的現状・・・
 頭部・胴体・生殖器があるが、四肢がない。性衝動があり、それを性倫理を逸脱して押し通すだけの万能的「自己」が確認できる。著作やネット、各メディアでの氏の言動には、自身の外性器の大きさや生殖機能を自慢する表現が散見される。他の先天性四肢欠損症者と同様、当然自力では性行動を行えないため、妻の力は借りるが、他にも5人以上の女性の手足を自らのもののごとく扱える環境で生活している。(氏自身によれば、少なくとも5人の不倫相手がいる。)

今回挙げる数人の妄想性障害女性たち(図と資料の6番に該当)の医学的現状・・・
 欠損している身体部位はないにもかかわらず、「自分には、頭部・四肢はあるが、(性的暴行被害を受けた)胴体・生殖器はなく(消え)、頭部・四肢が宙に浮いている」と訴える。性衝動はあるが、それに対応する性行動を忘却している。自身の性衝動を恨み、性倫理を逸脱して性衝動を押し通す異性に強い抵抗感を覚えて涙を流す虚無的「自己」が確認できる。著しい処女回帰願望や希死念慮を示す。


●自己意識の減失・解体・分裂などを特徴とする精神疾患女性に見られる鋭敏な共感覚について(私の講話などで用いたテキスト)
http://iwasakijunichi.net/koen/koen110619.pdf

●コタール症候群・妄想性人物誤認症候群(私のサイト内の解説ページ)
http://iwasakijunichi.net/seishin/cotard.html


 単純に見れば、乙武氏は今現在、日本の先天性四肢欠損症やテトラ・アメリア症候群の男性の中で、最も高い知名度と豊富な性経験と(女性との)人脈とを持っている人物であると言える。氏自身が暴露したところによれば、女性の四肢が少なくとも「一人4本×女性6人(妻と氏が暴露した不倫相手5人)」の計24本も周囲にある環境で生きてきたのだから、もはや障害者特有の不満・不便を感じるほうが困難な人生だろう。

 我々一般の「五体満足」の定型男性は、乙武氏を、一般男性をも越え、煩悩を押し通して多数の手足を獲得した「五体過剰満足」の阿修羅だと見るのが筋なのかもしれない。そして、非正規で懸命にあくせく働くばかりで結婚できない未婚男性のほうが、もはや手足がなく、本当に救われるべき人生と言うべきなのかもしれない。文字通り、「手も足
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