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『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(9) 宮中祭祀と巫女神道との距離感
(岩崎純一 at 07/30 14:50)
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宮中祭祀と巫女神道との距離感
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/)
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神代の巫女 --- 2012年11月17日

 かねがね聞き及ぶところですと、今は内掌典は、年齢層は私たちと同じ10〜20代の子女たちも多いですが、私たち地方の社家よりももっとローテーションが速い数年交代制になっているようですね。生涯を内掌典に捧げる女性は、テレビに登場した高谷朝子様の例あたりから減っています。この方の頃から、実際に内掌典の脳や身体では転換性、身体化に該当する知覚融合体験は起きなくなった可能性もあります。


つくりつくり姫 --- 2012年11月18日

 賀茂の斎王代などは、京都ゆかりの家柄から推薦で選ばれていますが、神道関係・社家の巫女ではなく、実業家の令嬢である傾向が強く、「神懸る身体=巫女神道」の性質をまったく持たない巫女の代表的存在となってしまいました。葵祭自体は廃れるべきではないですが。


吉備の斎の巫女 --- 2012年11月21日

 葵祭は、直接のご関係者の意識は別にしても、自治体や地域住民も、斎王代の話題性(見た目)と祭祀の型(見た目)に心があると思います。ここに巫女神道を見ることは難しいです。
 内掌典は基本的に、高谷朝子様のように酒の蔵元から内掌典に抜擢されるなどというのは珍しく、今でも多くが皇室・旧華族関係の血族(旧宮家など)の子女から出てはいるものの、国家機関や宮内庁職員ではなく、賢所を守るための天皇の私的使用人ですから、内掌典という職掌と、内掌典全員が神懸りしているかどうかという神道精神上の奥義とは別と考えるべきかもしれません。しかし、日本に残された最後の斎の巫女集団の一つであることに変わりはありません。

 私たちの家系では、処女懐胎神話を守る意味もありますが、処女のまま生涯神に仕えるお頭の女性を絶対に残します。そのような家は、もうほとんど見かけないです。


岩崎純一 --- 2012年11月23日

 私もそこは同じような考えで、「巫女の法的解釈」という話題を耳にするだけで興ざめしてしまう気質ですが、それはそれとして、高谷朝子様については、確かに神道というより、別の思想的な偏向が気になるものの、あのテレビ番組は大変参考になりました。
 と申し上げながら、気になる掌典職の法的解釈ですが、西洋型法治国家・立憲君主制国家である現在の「日本国」を、私は「国体の二元性」、つまりは、「神体としての日本」と「政体としての日本」の観点から見るので、これらのうち、宮内庁職員も、皇室の内廷の私的使用人としての掌典職も、後者の議論と考えれば、神道精神上は気が晴れるものです。

 私も、巫女神道の本流は、斎王(斎宮、斎院)にあり、それが滅びた今となっては、その血筋を引く、あるいは精神を継承する播磨や吉備の社家の斎女が、巫女神道の本流であるべきだとは思いますが、多くの内掌典の方々も、その精神は受け継いでおられるのではないかと考えます。


神代の巫女 --- 2012年11月25日

 ある意味では、宮中三殿の巫女の皆様は、数奇な運命に最もさらされた巫女かもしれません。
 現在の政治の動向・方針などを見ていますと、もし内掌典の方々が個人の思いとして神道の心に寄り添われるなら、国体・政体としての日本から離れた神道を温存することも考えうるかもしれません。もちろん、宮内庁からは独立してはいても、それは無理な話ですが、私としては、日本教育再生機構に関わっていった高谷朝子様のような行動は、本来は巫女の役割ではないと考えますし、神懸り感覚、神道感覚それ自体の伝承以外に斎の巫女の仕事はないと考えています。

 最初から、眞子内親王殿下のように、伝統を逸脱する大学に入学されたり、佳子内親王殿下のように、巫女神楽よりも自らお好きなポップダンスをなさるほうが、私たち巫女神道としてもすっきりします。それは、皇統の伝統をお守りになっていないのではな
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