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『巫女神道探訪記 ― 日本的アニミズム感覚の源流を訪ねて ―』(10) 岡山の神道系新宗教の隆盛
(岩崎純一 at 07/30 14:51)
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岡山の神道系新宗教の隆盛
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【リンク元】
岩崎純一のウェブサイト 特設サイト 「神道・仏教研究」 (http://iwasakijunichi.net/shinto-bukkyo/)
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岩崎純一 --- 2012年12月5日

 また後日書きますと述べていたことが以下です。以前にも何度かお話しさせていただきましたが。

 私が目下、吉備の神道について不安視しているのは、今でも岡山の由緒ある神社神道系の社家の中に、巫女に限らず宮司や禰宜にも、いわゆる神道霊学、秘教神道に舵を切ったり、金光教、黒住教、ほんぶしん、神習教、天理教、大本、神道天行居などを思慕してその方向に舵を切る人が絶えないことです。
 私も以前から、金光教や黒住教のニューエイジ化・ヒーリング宗教化に言及していますが、神社神道本流の宮司や禰宜のニューエイジ人間化・ヒーリング宗教者化とでも呼びたい傾向も出てきていると感じます。
 ご存知の通り、前者の四宗教は岡山発祥であり、このほか岡山の新宗教、ニューエイジ系集団の勃興率の異様な高さは全国的にも珍しく、県内社家の巫女の間でも話題になると伺っていますが、岡山の土と空気(風土)がそうなっているかどうかを、それこそ皆様に神託して見ていただくまでもなく(?)、歴史がそのこと(岡山は新宗教が発生しやすい土地であること)を示しているので、悩ましいところです。
 私は、私立の中高一貫校卒ですが、一家・一族丸ごとこれらの教団の信者である同級生はたくさんいました。当然、東大に進んだ人もおります。

 国家神道と同じくらい、教派神道・神道系新教団とも関わらずに近代の神道改革を乗り切ることのできた岡山の巫女神道の社家はあるのでしょうか。ただし、神道大教や神宮教、出雲大社教は、良くも悪くもこの話題から除かれる性質のものと考えますが。


吉備の斎の巫女 --- 2012年12月7日

 なぜ岡山における新宗教の発祥が多いのかは、それこそ死ぬ覚悟での神懸りを経ないとわからないことかもしれませんね。ただ、私の一族は、金光教や黒住教、神習教などの影響を受けずに近代を乗り切ったものと私は見ています。
 しかし、現在でも周囲はこれらの信者だらけです。金光教は、大字丸ごと信者であるところもあります。

 遡って申しますと、日本神話(『記紀』や私たちの社家に伝承される神話)の想像力・創造力に富んだ虚構性や脚色は、江戸末期の教祖個人の霊体験とはまったく異なる性質のものであると考えています。仮に前者の神話だけが創作で、後者の体験が事実だとしても、私たちの言う神道とは前者を伝承する精神のことを言うので。
 金光教については、今では信者も外部の県民も、これを神道と認識することが最も難しい教派神道系の団体だと思います。天理教やその系譜のほんぶしんなどは、自他共に認めるとおり、まったく神道ではありません。また、禊教は岡山の教派神道ではありませんが、金光教も禊教も、皮肉にも白川伯王家の後ろ盾で急成長した新宗教です。ただし、当時は金光教も神道と言えたからこそ、白川伯王家もそれを助けたのだということは言うまでもありません。

 ただ、吉備地方の遺跡群や、私たちの社家に秘伝・埋蔵されている文物なども、『記紀』の記述の反証となる(つまり、『記紀』の捏造性を証明してしまう)ものが含まれますし、国学・近代化の時代以降は、発掘・研究禁止も指示されました。このようなことから、岡山という土地は、「新教団を立ち上げて、(事実上)既成神道に反逆せよ」との天命を自分個人が受けたという神託体験を捏造する教祖・神職や詐称教団を生み出しやすく、また、明治以降の国家神道などの国策に対する反骨精神の残存もあって、そのような教祖・教団を町民・村民レベルで継続的に信仰しがちな土地柄ということはあるかと思います。

 ちなみに、私の社家は、国家神道の影響も直接的にはあまり受けていませんが、間接的に受けています。以前も触れましたが、新政府による神道国教化や国家神道構築の動きで白川伯王家が没落したため、皇室神道(内掌典、斎皇女)
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